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三年生編 第77話(6) [小説]

「おっと、乗り過ごさないようにしないと。次だ」

「へー。住宅街のど真ん中だー」

「雰囲気はいいよ。でも、駅近に買い物出来る店がほとんど
ないから、帰る前に買い物を済ませとかないときつい」

「そっか。まとめ買いして持ち込めば行けそうだね」

「立水は、そうしてるね」

「誰?」

「僕と一緒に泊まってるやつ」

「げ! あんた一人じゃなかったんか!」

「違うよー。でも立水は剣道部の部長で、ちゃらけたのは大
嫌いなやつだから心配要らんと思う。勉強中は完全集中する
から、部屋から出てこないし」

「うー……」

まあ、必要な情報は最初に全部渡しておいた方がいいよね。
彼女も、絶対にそこじゃなきゃだめだってことでもないんだ
ろうし。
判断材料並べて、じゃあどうするかってことでしょ。

駅からお寺までの道。
このゆるい坂を上るのも、これで最後かあ……。
ちょっと感傷的になりながら、傾き始めた日差しに目をやっ
た。

朝出がけに見たルリマツリの水色は、赤くなり始めた日差し
にかき回されて奇妙な色になってる。

何があっても変わらない自分ていうのがあればいいかなあと
思うけど。結局変わってしまう。変えられてしまう。
それが……紛れもなく現実なんだろう。

それなら、どこが変わるか、変えられたのかくらいは分かる
ようにしたい。
そして……出来るだけ自分の色は自分で作りたい。自分で決
めたい。

「ううー」

いかんなー。朝とは違うこと考えてる。

同じ花を見ても、その時の自分の心と自分のいる環境で心象
ががらっと変わっちゃう。なんてめんどくさい。
思わず苦笑いしてしまった。

僕がここに来て決められたと考えていることも、家に帰れば
また変わってしまうのかもしれない。
でも、それをぐだぐだだった出発点まで戻したくないなー。

自分の頭をぽかぽか拳で殴りながら、門をくぐった。

「帰りましたー」

「おう」

重光さんは僕を一瞥もしないで、後ろできょろきょろ境内を
見回していた女の子に鋭く目をやった。

女の子はすかさず重光さんの前に出て、すぱっと頭を下げて
挨拶をした。

「先ほど電話させていただいた忠岡です! よろしくお願い
します!」

「うむ。水泳か?」

「はい! バタが得意種目です!」

「大会は?」

「終わりました!」

「成績は?」

「後輩の不始末で不戦敗です」

重光さんが、とんでもなく苦い顔になった。

「そいつらまとめて俺ンとこに寄越せ! 血反吐吐くまで根
性鍛え直してやるっ!」

「顧問に伝えときます!」

「で、おまえはどうするんだ?」

「こっから先は一点集中ですっ!」

「スポーツ特待は狙わんのか?」

「人にああせいこうせいって指図されるのは、高校までにし
たいです」

「む! なるほどな。水泳はもうせんのか?」

「競泳はもうしません」

見事な割り切り、切り替えだ。

「狙う大学は都内にあるのか?」

「いいえ、関西の大学に行くつもりです」

「明鏡止水。一点の曇りなし、だな」

にっ!
重光さんが、僕らには一度も見せなかった笑顔を向けた。

「いいか! 死ぬ気でやれ!」

「はいっ!」

「工藤の後に入れ。工藤、決まりを説明してやれ。それがお
まえの最後の仕事だ。掃除はいい」

「分かりました」

声を聞きつけたんだろう。
僕らが話しているところに、のそっと立水が来た。

「なんだ、そいつは?」

「僕の部屋に入る合宿の参加者だよ」

「……女、か」

「おまえと同じ体育会系だよ。大丈夫だろ?」

「まあな。俺は立水だ。お盆の間は一度家に帰って、16日
からまたここに来る。よろしくな」

馬鹿にするでも威圧するでもなく、立水はごくごく普通に挨
拶をした。
それを見て、彼女もほっとしたんだろう。

「忠岡です。よろしくお願いします。わたしは重光さんの法
要のお手伝いをするのに、明日から泊りに入ります」

「助かる。じじい一人だと何かと不便でな。頼むわ」

「はい!」

案の定。重光さんは彼女をすごく気に入ったようだ。

彼女だって、何も悩みがないわけじゃないと思う。
でも、自分の足が止まるところに長く居たくないんだろう。
すぐに動く。行動で打開しようとする。それが僕にも重光さ
んにもはっきり見える。

いいよなあ……。
僕には、そういうのは一生かかっても無理だよ。

「じゃあ、案内しますね」

「任せた」

「お願いしまーす」


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