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三年生編 第77話(7) [小説]

「わ! 思ったよりきれいだー」

「そうなの。お寺の部屋だから、どんなにおんぼろかと思っ
たんだけど、空調ない以外は快適だと思う」

「網戸は?」

「置いてくよ。君が出る時には外してって。殺虫剤も置いて
くから」

「分かったー。助かるー」

「お盆過ぎたら夜は涼しくなってくると思うから、これまで
より快適だと思う」

「そう願いたいなー」

「門限あるから、遅くなるようなら重光さんに電話入れてね」

「おけー」

「携帯使えないから、必ずどっかに番号控えといてね」

「あ! そっかあ……」

「家との連絡も、重光さんのところからしか出来ない。そこ
んとこだけ要注意ね」

「わかつたー」

合宿慣れしているんだろう。
彼女の受け答えには、とまどいとか驚きみたいなものがほと
んど感じられなかった。

「あとは、何か質問ある?」

「ううん、特にない。あとはやってみて、だなー」

「そう思う」

「ねえねえ、工藤さん」

「なに?」

「ホームシックとか、なった?」

「なるかなあと思ったんだけど」

「うん」

「進路の悩みが深くて、それどこじゃなかったわ」

「へー……」

「一応決着付いたからいいけどね」

「そっかあ」

「心配?」

「ううん。わたしは、そういうの一切ないの。早く家出たい
なー」

「もしかして、それで関西?」

「そう。うちは両親がうっさいから」

「ははは」

「工藤さんは、大学は自宅から通うの?」

「いや、一応下宿の予定」

「そっか」

「志望校に入れれば、だけどね」

「そこは自宅から遠いの?」

「微妙。通って通えないことはないんだけどさ」

「ふうん」

「一度自分を家から切り離さないと、ダメになりそうな気が
すんだよなー」

「へー。親はうっさいの?」

「んにゃあ。さっさと独立してねーって感じ」

「いいなー」

「でも、口でそう言うほど乾いてない。うちは……どこかウ
エットなんだよね。一度ばらしてみないと、お互いにその影
響が分かんないって感じ」

「それなら、もっと遠くの大学がいいんちゃうの?」

「僕一人なら……ね」

「え? どゆこと?」

「彼女がいるからさ」

忠岡さんは、そこでぴたっと口をつぐんだ。

それまでは男同士でしていたような、さばっとした会話。
僕が『彼女』という言葉を出した途端に、彼女がどこかにか
ちんと鍵をかけたような気がした。

そうなんだよね。これが……怖いんだよ。
新しい出会いがどこで生まれるか分からないのと同じで、そ
れがすぱっと切れてしまうきっかけもどこにあるか分からな
い。

まあ、いいよ。
どっちにしても、僕は今日で終わり。
合宿の世界とは縁が切れてしまう。
あとは忠岡さんが、ここにいる時間を有効に使ってくれれば
それでいい。

「さて。それじゃ僕はこれで失礼します。後から分かんない
ことが出て来たら、重光さんに直接聞いてください」

「分かった。ありがとう」

「いえいえー」




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