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三年生編 第69話(1) [小説]

7月25日(土曜日)

夏休みの初日が模試だなんて、なんて冴えないんだ。
……と言いたいところだけど、この模試は僕にとってものす
ごく重要だった。

春期講習の時も、講習の前後で習熟度のチェックを試験で確
かめた。
あさってからの講習では、最後に学力判定模試があるけど、
開始前のが用意されていない。
それは、自力でやってねってことだ。

今日のはセンター試験の模試だから、筆記式の二次試験前の
基礎点をどこまで稼げるかのチェックになる。
前にねぎ坊主先生から教わったみたいに、県立大を目指すな
らここで稼いでおけば二次試験が楽になる。
でも、二次比率の高い国公立のレベルの高いところを目指す
なら、ここに力を入れ過ぎてもしょうがない。

僕としては、今日の模試と講習後の模試を比べてどうのこう
のっていうよりも、自分の適性がどこにあるのかを確かめる
のが目的になる。

変な話だけど。
頭の良さっていうのは、いろんなパーツから出来てるんだっ
てことがよーく分かってきた。

記憶力、判断力、推理力、応用力。
本当に頭のいい人っていうのは、そのどれかがずば抜けてるっ
てことじゃなくて、バランスがいいんだろう。
いろいろ知ってて、それを組み立てて使える。

センター試験の場合、そのうちの『知ってる』というところ
だけを取り出して調べる感じ。
二次試験は、知ってることはもう前提になってて、それを組
み立てて応用する能力を見るって感じ。
でも、そこにはやる気とか人格とか、そういうのはまるっき
り入ってないんだ。

それは……つまんないなあと思う反面、『人』を評価されちゃ
うと大学に行けない子にも進学のチャンスを与えてるってこ
となのかも知れない。

僕はどうなのかなあ。
嫌なやつじゃないと思うけど、性格だけで大学に入れてくれっ
て言えるほど偉くもないと思う。

おっとっと。
考えが変な方向に逸れちゃった。

28日からの夏期講習。
夏休みの半分以上をぶち込んで、自分に出来る限界ぎりぎり
まで追い込んで、学力を上げておかなければならない。

一斉に追い込んでくる他の受験生たちとの競争に負けていな
いかを確かめるためにも、どの模試も手を抜くことは出来な
いんだよね。

さて、出陣だ。

「行ってきまーす」

「気をつけてね」

「へーい」

ちゃりにまたがって、夏空を見上げる。

がんがん容赦なく照りつける真夏の太陽。
本当なら、その爆発的なエネルギーを思う存分ごくごくと飲
み込みたいところだけど……。

ちぇ。

これから僕が行くのは、その日差しが届かない涼しいところ
なんだよな……。


           −=*=−


「うーす」

「よう、立水。おまいも受けるんだ」

「まあな。リョウさんからは、センター系のやつはこれで最
後にしとけって言われてるけどな」

そっか。まだリョウさんが指導役で付いてたんだ。
なんだかんだ言って続いてたんか。

「どんな感じ?」

「全然だ。志望別でまだCに届いてねえ」

げ!!

「お、おまい、そこまで上げたんか!」

「なかなか……進まん」

「いや、冗談抜きにすげえと思うぞ」

「そうか?」

「国立のいいとこは、僕はEから上がってないからなー」

「ふん」

立水的には下と比べてもしょうがないってことなんだろう。
それ以上、何のコメントも出て来なかった。
じわっと……焦りが。

「じゃあ、この模試のクリアラインは半分てとこ?」

「それじゃダメだとよ。足切りラインは絶対にクリアしねえ
と、そもそも二次に進めねえとさ」

「うわ」

「目標七割だ」

……。ごくり。
これが……高いところにハードルを置いた奴の凄みなんだろ
う。

「もっとも、今の俺じゃ半分がとこだ。先はなげえ」

力なく首を振った立水が、拳で自分の頭をがんがんと殴った。

「ちっ! この脳みそだけ、どっかの天才のと取っ替えたい
ぜ」

「……」

立水の冗談を笑えるような気分ではなかった。

絶対的な学力なら、今の時点では立水より僕の方がまだ上な
んだろう。
でも現時点の優劣は、最終ゴールに到達できるかどうかには
何も影響しないんだ。

僕らはゴールのレベルをどうするか、自由に選べる。
ゴールをどんな風に設定するかで、自分の学力をどこまで鍛
え上げ、それをどう使えるかが決まっていく。

そして立水は、ゴールの位置を下げるつもりはこれっぽっち
もない。中途半端にゴールの設定を動かそうとしてる僕とは、
覚悟のレベルが全然違う。
それが……追い込み効率の差に出てきてるんだろう。

……冷や汗が出てきた。

いや、ここで焦ってもしょうがない。
人と比べて落ち込むのは僕の悪い癖だ。切り替えよう。

「まあ、後は模試が終わってからにしようぜ」

「そうだな」

ちらっと会場の時計に目を遣った立水が、さっと席に戻った。




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