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【SS】 オトコって…… (里村素美) [SS]


オトコって……何を考えてるんだろう?
いや、それは非難してるとかじゃなくて、本当に分からない
ことなの。
わたしにとっては、深い深い……謎だ。


           −=*=−


「里村さん」

いきなり背後から声がかかって飛び上がる。

「ひっ! ははははははいーっ!!」

「そんなに緊張しなくていいって」

う。
チーフの江崎さんかあ……。
心臓が止まるかと思った。

「少しか慣れたかい?」

「いえ……なかなか……」

中、高、短大と女ばっかのところでずっと過ごしてきたわた
しにとっては、父親以外の男性の存在というのは異星人に等
しかった。

母譲りの容姿をそのまま引き継いでしまったわたしを、両親
が極端に心配して囲い込んじゃったから、好き嫌い以前に、
男性というのがどういうものかが全く分からない。

前に、工藤さんに言われたんだよね。
見栄えに惹かれて、男がハエのように集まってくるでしょって。
確かにそういうことがなかったわけじゃない。
でも、両親の影に隠れるようになっちゃったわたしは、それ
で嫌な目に遭う前にいつも逃走してた。
本気でオトコっていう人種を見つめる機会が……なかったん
だ。

土屋さんのところに下宿して、親の干渉から少しずつ抜け出
る訓練をした。そして土屋さんに、もっと世間を知りなさいっ
てどやされたんだよね……。
その時はまだぴんと来なかったんだけど、りんちゃんのがん
ばりを見てて、だんだん危機感が強くなってきた。

そう。わたしはもう成人してる。就職も迫ってる。
親がいつまでもわたしのおしめを替えてくれるわけじゃない。
そんなの、すごく恥ずかしいこと。
親の影響を脱却するには、まず自分からきちんと社会に目を
向けないとならない。そして……。
世の中に半分いる男性を……きちんと見ないと……ならない。

両親の反対を押し切ってアパート借りて、就活しながらバイ
トも始めた。
バイトって言っても、りんちゃんや御園さんがやってるみた
いな店員は怖くて出来ない。
人の顔をあまり見なくて済むデータ入力の仕事なら。
そう思って、この会社のバイトに応募したんだけど……。

江崎さんは、あらさーくらいの若い男の人。
落ち着いていて、たくさんいるパートさんを上手にさばいて
る。浮ついたところはないように見える。

……見える、だけ。
そう、わたしには、その奥が分かんない。

仕事にしか興味がないのか。
わたしに興味はあるけど、仕事とプライベートをきちんと分
けてるのか。
それとも……何か下心があるのか。

江崎さんの言動や態度の出所がまるっきり分かんないんだ。
いや、江崎さんだけじゃない。
他の男性社員もみんな同じ、だ。
奇妙なくらい、みんなわたしには馴れ馴れしくして来ない。
そして、それがなぜなのかわたしには分かんない……。

うーん……。

入力データの束とわたしの打ち込んだエクセルのシート画
面を見比べていた江崎さんが、満足そうに頷いた。

「さすがメリア出だね。とっても優秀。速度も正確さもばっ
ちりだよ」

「ありがとうございます」

「この調子で、残りもこなしてね。今机に乗ってる部分を打
ち込んだら、上がっていいから」

「はい」

ひょいと手を挙げた江崎チーフが、他のパートさんの仕事を
見にいった。

ふう……。
さっきみたいな会話するだけでも、手にじっとり汗かいちゃっ
てるわたしって……。


           −=*=−


アパートに帰ってから、部屋の電気もつけないでぼんやり考
え込む。

わたしが、初めていいなと思った男性。
それは……工藤さんだった。
わたしの容姿ではなく、その奥の寂しい心をきちんと見てく
れる。そういう心配りが出来る男性がいるんだなって。
すごい感動した。

でも、工藤さんにはもう御園さんていう彼女がいた。
工藤さんの気遣いを、惜し気もなく独占してる。
そのことに……嫉妬を感じた。

恋慕とか嫉妬とか。
ああ、自分にもちゃんとそういう感情があったんだなって。
悔しかったけど、反面安堵もした。

そして、その後。
工藤さんの計らいで花農家さんの手伝いに行った。

そこで……譲さんに出会った。

譲さんは、工藤さんとは全くタイプが違う。
年上で、陽気で、マッチョで、タフで、エネルギッシュ。
元々は、わたしの一番苦手なタイプだったかもしれない。

でも……。
わたしの容姿に全く関心を示さなかったのは、工藤さんに次
いで二人めだった。
バイトの時も、阿部さんやりんちゃんと全く同じ扱いだった。
譲さんの姿勢は、女性相手というより社会人予備軍に対する
指導員みたいな感じだったんだ。

それを不思議がって、りんちゃんが譲さんに突っ込んだんだ
よね。
なんでそみちゃんの美貌にコメントせんの? ……って。

そしたら。

「顔で畑耕すなら気にするけど」

譲さんは、そのあとりんちゃんにどやされてたっけか。
ふふ。

でも一人で農園やってくのは大変だって、譲さんが必死にパー
トナーを探そうとしてるわけが分かった。
いくら好きなことって言っても、一人じゃ全部をこなせない
んだ。そして、それを榎木さんに容赦なく突っ込まれていた。

わたしは……。
譲さんなら、顔じゃなくわたし自身を見てくれるかなと思っ
て、わたしを守ってくれるかなと思って、勇気を出して譲さ
んに告白した。付き合ってくださいって。

でも、譲さんの返事は……意外だった。

「んー、ちょっとなあ……」

困ったような顔。

「だめ……ですか?」

「どう言ったらいいかな」

譲さんは、慎重に言葉を選んだ。
それからわたしにこう言った。

「素美ちゃんは、線が細すぎるの。僕が欲しいのは、探して
るのは、遊び相手じゃなくて嫁さんなんだよね。共同経営者。
アイデアや稼ぎを二倍にして、作業負担を半分に出来る。そ
ういう相手なの。少なくとも自分のことは自分でなんとか出
来るって子じゃないと……」

ショック……だった。

わたしのしょげっぷりを見て、気の毒に思ったんだろう。
譲さんが、助け舟を出してくれた。

「そうだなー。とりあえず、僕で遊んでみれば? それには
付き合うよ。もし、それでいろんなところが鍛えられて自立
する自信が付いたら、もう一回声かけて」

わたしを遊び相手としてしか見ない。
普通なら、それは一番用心しなければならないケースなんだ
ろう。でも、譲さんにその心配がないってことは分かってた。
なぜって……。
譲さんの毎日の仕事が、とんでもなくハードだったからだ。

わたしの方から遊んでってアプローチして来ない限りは遊ば
ないよ。そういう突き放し。
自分を両親のシェルターの代わりには絶対させないよ、お嬢
様扱いはしないよ。そういう宣言。

工藤さんもそうだったけど、譲さんもそう。
気遣いの奥には失敗の苦い経験があって、その反省が自他へ
の厳しさにつながってる。
そしてわたしには……何もそういう経験がない。

だから……世間知らずの甘ちゃんのままだ。

ぷるるるる。

思い出してがっくり落ち込んでいたら、携帯が鳴った。
慌てて部屋の灯りを点けて、電話に出る。

「ああ、素美ちゃん? バイト、どう?」

譲さんだ!
声を聞くと、ほっとする。

「今のところ、なんとかこなしてますー」

「嫌な目にはあってない?」

心配してくれてる。
嬉しいなあ。

「はい。なんか、みんな微妙にわたしを避けてるような」

「だはは! あそこは俺の後輩が仕切ってるとこでね。ちぃ
と釘刺しといたからさ」

「ええっ?!」

「俺の彼女に余計なちょっかい出しやがったら、原型なくな
るまで叩き潰してやるからなってね」

ううう。だからかー。
おかしいなーと思った。

「まあ、それでもいいことばっかじゃないよ。そういうのも
ちゃんとバイトのうちに経験してね」

「はい!」

「じゃあね。あ、週末はどっかドライブに行こうか」

「わ! 嬉しいです! お弁当作りますね」

「おう、楽しみにしてる」

ふふふ。
確かに、オトコって分かんないね。
譲さんだって、そう。

わたしを突き放しているようでいて、でもちゃんとフォロー
してくれてる。
そういうのは、わたしが譲さんから目を離さなければ分かっ
てくるってことなんだね。

うん。
分かんなければ、近付けばいいんだ。
逃げ回ってたら永遠に分かんないもんね。
ふふ。

「ドライブかー。わたしにもハンドル持たせてくれるかなー」

楽しみ、楽しみ!
さ。ご飯支度しよっと。




sk1.jpg




(補足)
そみちゃんこと里村素美(もとみ)は、いっきの悪友のりん
(市東倫)の従姉になります。元美人歌手の母親の容姿を受
け継いで、いっきが絶句するくらいの美人さんです。現時点
で、女子短大二年生のはたちです。
心配性の両親ががっちり囲い込んで、ずうっと女子校ばかり
に通わせていたので、はっきり言って世間知らず。それに、
男性に対して強い警戒心を持ってます。両親からの自立を目
指して、いっきの伯母である万谷(土屋)巴の家に下宿し、
さらにそこを出て今はアパートで一人暮らし中です。

そみちゃんのお相手は、ゆずぽんこと佐々木譲。多賀崎とい
うところで観葉植物の栽培農園を一人で切り盛りしてます。
脱サラで農業を始めた明るい南国青年。二十七歳。エネルギッ
シュですが、のんきで場当たりのところがあり、同業者の榎
木さんの鉄拳を食らったりしてます。剣道の有段者で、腕っ
ぷしは強いですね。

そみちゃんは、ゆずぽんにすら農家の嫁なんか務まるわきゃ
ないと思われてますから、そみちゃんの両親は当然二人の付
き合いに『絶賛反対中』です。(^^;;

 

 


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ちょいのり

例えばボクは男なんですが、異性のキャラクターの心情とか内面を書くときに、
たまに『女の人ってこんな風に思ったりするのかな?』と、自信がなくなることがあります^^;
男も女もそれほど変わらないとは思ってるのですが、たまにちょっとした異性ならではの『感覚の違い』があるのかなあと^^;

by ちょいのり (2013-04-02 03:21) 

macinu

人生色々感満載ですね~!!
by macinu (2013-04-02 09:50) 

水丸 岳

>ちょいのりさん

コメントありがとうございます。(^^)

そらあ、わたしも同じですよー。(^^;;
でも分からないってところが、異性を見る、探る
基本になりますし、話の推進力になるのかなあと。
オトコの典型、オンナの典型っていうのも実際には
ないと思うし。(^^)

逆に、ステロタイプな女の子っていうのはかえって
書きにくいです。(^^;;


by 水丸 岳 (2013-04-02 21:16) 

水丸 岳

>macinuさん

コメントありがとうございます。(^^)

わはは。
この二人は、わけがない方なんですけどね。(^^;;

まあ、それぞれの人に、それぞれの物語ありと
いうことで。(^m^)

by 水丸 岳 (2013-04-02 21:21) 

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