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一年生編 第1話 [小説]

3月30日(金曜日)

「もう少しで新しい家に着くぞー」

お父さんが嬉しそうにそう言って、ハンドルを大きく左に
切った。

込み合った古い家並みを抜けたら、急にぽんと景色が開けて
明るくなった。

道は急に上り坂になって、それは小高い丘に続いてた。

丘には段々があって、真っ白い積み木のような新しい家が
いっぱい並んでる。

段々の間にはところどころに木立ちがあって、そこが小さな
公園になってるみたいだ。

丘のてっぺんにはまるでモヒカンの頭みたいに、そこだけ木
がいっぱい茂ってる。
あそこにはなにがあるんだろう?

丘を貫く太い道路の真ん中くらいで、車は左に曲がった。

車の後ろの座席で、僕と妹の実生(みお)はきょろきょろと
辺りを見回していた。

実生は車の窓をいっぱいに開けて、首を半分外に出してる。
どこかから、清々しい、いい匂いが漂ってくる。

「ジンチョウゲがいい匂いさしてるわねー」

助手席で、お母さんが眩しそうに目を細めてる。

「明るいわあ。洗濯ものがよく乾きそう」

お父さんが急にブレーキを踏んだ。
僕と実生はちょっとつんのめる。

「おっと。行き過ぎるところだった。ここだったな。同じよ
うな格好の家が並んでるからなー」

お父さんはウインカーを出して、車を左側に寄せた。

「母さん、ゲートの鍵を開けてきてくれ」

お父さんはお母さんに、ぴかぴかの鍵を渡す。
お母さんは、ぱっと車を降りて道路を横切った。

からからから。
お母さんが、鍵を外して蛇腹ゲートを引っ張る。
僕と実生は、車を降りて家を見上げる。

真っ白な壁。リビングの大きなガラス戸。

お父さんは車を回して、車庫に車を収めた。

まっさらな玄関の扉を開けて、中に入る。
どこもかしこも新品って感じ。
まだ、僕の家っていう実感がない。

でも、家は新しいけど、中は荷物で溢れかえってた。
これだけは今までの引っ越しと変わらない。

お父さんが、いつものように号令をかける。

「さあ、荷物を開けようか。早くフツーに生活できるように
しないとな」

「そうね。いっちゃん、実生、あんたたちの荷物はもう二階
に上がってるはずだから、確認して整理を始めて」

「はーい」


           −=*=−


ふう。
片付けの手を止めて、自分の部屋を隅々まで見回す。
広いなー。

今までは集合住宅ばっかりだったから、一軒家はなんかヘン
な感じ。

それに。
そんなに広い宿舎に入ったこともなくて、いつも実生と同じ
部屋だったから、初めての自分だけの部屋ってフシギ。
たぶん、実生もおんなじふうに思ってるんだろうなー。

リビングから、お母さんが呼ぶ声が聞こえる。

「いっちゃーん、ちょっと重いもん動かすの手伝ってー」

「はあい、今行くー」

新し過ぎて滑りそうな階段を、ばたばたと降りる。

リビングで、お母さんが鉛筆書きした家具の配置メモに従っ
て、お父さんと二人で食器棚や冷蔵庫なんかを動かした。

それが済んだら、お母さんが段ボールのガムテープを剥がし
出す。

びーっ!
ばりばりばりっ!

お母さんはいつものように、てきぱきと中身をあちこちの収
納に収めていく。
この分なら、箱の方はすぐに片付いちゃうね。

僕は、空いた段ボールを潰して、紐でくくる。
いつもの作業。

積み上げてあった箱がなくなったスペースにラグを敷いて、
真新しい食卓テーブルセットが置かれる。
椅子を引いてとんと座ると、少しずつ実感が沸いてくる。

そうか。
ここが、僕らの家になるんだなあって。


           −=*=−


僕のお父さんは公務員で、すっごく転勤が多かった。
一か所に三年以上いたことはなかった。

僕は小学校で四回、中学校で一回転校して、今度が六回目。
実生も四回めの転校になる。

お父さんは、僕らが新しい学校に馴染む間もなく転校を繰り
返すことを気にしてた。
だから、どっかで腰を落ち着けたいってずっと言ってた。

ちょうど僕が高校に入るタイミングで、お父さんはすっぱり
転職を決めた。
この街の会計事務所に勤めることにしたんだ。

お給料は下がるけど、転勤はなくなる。
お父さんも、いつまでも落ち着かない転勤生活に疲れてたの
かも。

お母さんは、お父さんの好きにしたらいいわって、転職にも
家を買うことにも何も言わなかった。

お母さんは、なにがあってもくよくよしない。
とっても前向き。

「考えても、考えなくても、明日は来ちゃうもの」

その通りです。はい。

実生はどうなのかな?
前の学校でバトントワリングにはまってたから、それができ
なくなることはちょっと寂しいのかも。

でも、新しい町。新しい家。新しい学校。
そして、これからもう引っ越しはない。
そんな今までと違うこれからを考えるのは、わくわくする。

僕は冷めたコンビニのお弁当を食べながら、広いガラス窓の
向こうをぼんやり見てた。

明るいなあって。


           −=*=−


昼ご飯が済んだら、外に出たくなった。
リビングに続くウッドデッキに腰をかけて、伸びをする。
ひなたぼっこする猫みたいだなあ。

今日は本当にぽかぽかあったかい。
リビングから見えてた庭の芝が、ぽやぽやと新芽を伸ばして
る。見回すと、庭がすっごく広い。

家のフェンスの手前側は、ほとんど花壇スペースになってい
て、お母さんが喜びそうだ。

お母さんはガーデニングが大好きだけど、今までの宿舎では
花壇のスペースが当たったことなくて、ほとんどベランダ園
芸しかできなかった。

きっとわくわくしてるんだろうなあ。

今は花壇スペースに何も植わってないから、お日様で暖めら
れた土が、ほかほかと湯気を立てている。
炊きたてのご飯みたいだなー。おいしそう。

僕はゲートのところまで歩いていって、振り返って、もう一
度家を見る。
玄関脇の大きな木の表札に、僕ら全員の名前が刻んである。

工藤幹仁(くどう みきひと)
  恵利花(えりか)
  樹生(いつき)
  実生(みお)

お父さんは、家族を木に例える。

それぞれが大きく、のびのびと生きることができるように。
そして、僕らがみんなつながっていて、一つだってことを忘
れないようにって。

だから、僕と妹の名前には木の一部と、生きるって字がつい
てる。

そして。
僕らは引っ越しから開放されて、ここに根を下ろしたんだ。
僕はここで、どんな木になって、どういうふうに大きくなっ
て行くんだろう。

空を見上げる。
どこまでも続く青空。
ところどころに浮いてる綿雲を見て回るように、とんびがの
んびりと輪を描いている。

ぃーひょろろー……

眩しいなあ。涙が出てくる。

ひょいと目を落として足下を見たら、小さい青い花をつけた
草がいっぱい生えてる。

雑草かな? でも、きれいな花だなー。なんだろ、これ?
お母さんに聞いてみよう。知ってるかな?

いくつか花を摘んで、家の中に戻る。

「ねえ、母さん。この花何か知ってる?」

お母さんは、それを見てちょっと困ったような顔をした。
おや?

「うーんとね。オオイヌノフグリ。春早くから咲く花。びっし
り咲くとけっこうきれいだよ。名前で損してるけど」

「名前で損してるって、どういうこと?」

「図鑑で調べてみて。とっても、わたしの口からは言えないわ」

お母さんは、ぴゅーっと逃げた。
んー?

もうお父さんの部屋は片付いたかな?
確か、本棚に植物図鑑があったはず。

お父さんは、分からないことはすぐに人に聞かないで、まず
自分で調べろって言うのが口癖。
だから、図鑑とか結構揃ってる。

「父さん、入っていい?」

「樹生か? いいぞ。なんだ?」

「植物図鑑見せてくれる?」

「お、早速調べものか。何かおもしろいものでも見つけたか?
棚の一番下に並べてあるから、探してくれ」

お父さんにも花を見せたけど、父さんは分からーんと言って
手を横に振った。

お父さんはどっちかと言えばメカに凝る方で、生物系はあま
り得意じゃない。

え、と。
オオイヌノフグリ、と。

僕でも『大犬の』まではわかるんだけど、最後のフグリって
のがクエスチョン。

どれどれ。

……。

ふぐり、いこーる、きんたま、すか。

そりゃあ、言えないよね。

ぽかぽかお日様の光を浴びて、揺れる揺れるたーくさんの大
きな犬のきんたま。

めるへんだわ。
だはははははは。





oinu.jpg
今日の花:オオイヌノフグリVeronica persica

 


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コメント 8

さっちゃん

こちらにもきました。
1年に3回転校したのを思い出しました。
借金取りから逃げたんじゃないですよ(笑)
by さっちゃん (2011-03-22 22:01) 

水丸 岳

いらさいまし。(^^)/
こっちは長期戦でのんびりやりますので、お暇な
時にでも読んでいただければ。(^^)

転校は、職種によっては本当に頻繁にありますね。
やっぱこどもはなじむのが大変だろうなーと思い
ます。(^^;;
by 水丸 岳 (2011-03-22 23:21) 

Sizuku

オオイヌノフグリ
よく見かける野の花だけど、名前を知らないなぁと
ある時ふと思い、調べてみました。
名前の意味を知った時は衝撃でした。(笑)
by Sizuku (2012-06-08 22:57) 

水丸 岳

>Sizukaさん

コメントありがとうございます。(^^)

かわいい花なのに、こういう名付けはないだろうと
いう典型みたいな花ですね。(^^;;

ちなみに、継子の尻拭いとか、屁糞葛とか、他にも
かわいそうな子たちはおりまする。(^^;;

by 水丸 岳 (2012-06-09 22:26) 

desidesi

やっと見つけた第一話!ご教示ありがとうございました。

すごく引き込まれる文章です。
導入や登場人物の紹介も手練を感じます。
そうそう、オオイヌノフグリって本当に変な名前ですよね。
私も子供の頃、すぐに憶えた経験があります。
先が楽しみです。しばらく退屈しなくて済みそうです。
by desidesi (2014-11-17 12:40) 

水円 岳

>desidesiさん

お読みいただきありがとうございます。(^^)

最初はほのぼのから始まりますが、トーンは出来事
に応じてかなり明暗の間を振れます。
登場人物が多いのに、無駄なキャラのいない話です
ので、どうかゆっくり読んでくださいまし。(^^)/


by 水円 岳 (2014-11-17 22:18) 

ちゅんちゅんちゅん

こんばんは! 
いっきの名前の由来
初めて知った・・・いまさらですみません☆
by ちゅんちゅんちゅん (2018-08-23 22:03) 

水円 岳

>ちゅんちゅんちゅんさん

コメントありがとうございます。(^^)

わはは。さすがに超長編なので、いかに手抜きのわたし
でも、最初に人物描写から始めないと保たないだろう
なあと思いまして。(^^;;


by 水円 岳 (2018-08-24 00:29) 

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