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三年生編 第109話(4) [小説]

お父さんがにっこり笑った。

「いや、かんちゃんはまじめで働き者です。私の心配なん
か必要ないんですけどね」

くすくす笑い声が広がる。

「それでも、いろいろな意味で過去にけじめをつけて、こ
れからの人生を前向きに二人で乗り切っていってほしい。
それが……私からのささやかな激励です」

お父さんが、かんちゃんの背中をぽんと叩いた。

「頼むな」

かんちゃんは涙涙で、頷くことしかできなかった。
今度は椅子に座っていたお母さんが口を開いた。

「みなさん。瑞宝さんの衣装がなぜ白無垢じゃないのと思
われたんじゃないかと」

あ、そう言えば。色打掛だ。

「白無垢は、生家との別れ。色を捨て、婚家に染まる覚悟
を示すもの。でも、お二人ともすでに生家がありません」

し……ん。
場が水を打ったように静まる。

「これ以上色を失ったら、何も残らないんです」

お母さんが、二人に向かって微笑む。

「いついかなる時も、お二人揃って自分の色を失わないよ
う。いつまでも自分の色を手放さないよう。あえて色打掛
をご用意しました」

お母さんが、すっと頭を下げた。

「どうか、お二人で素敵な色を作り上げてくださいね」

親に捨てられたかんちゃんと、親から裏切られた中沢先生。
二人とも、喪失感ははんぱなかったと思う。
でも、そこが今白地だからこそ受け入れられる感動という
のもあるんだろう。
少なくとも……僕はそう信じたい。

かんちゃんも中沢先生も、揃って涙涙になってしまった。
少し苦笑したお父さんが、大きな声を張り上げた。

「ああ、めでたい席なのに、そんなに泣いちゃいけません。
さあ、みんな。美男美女と一緒に写真を撮りましょう。ちょ
いと先生の化粧直しに時間をください」

感極まったかんちゃんと中沢先生の気持ちが落ち着くのを
待ってお色直しが行われ、ぴかぴかの店の前に立つ新郎新
婦との写真撮影会になった。
二人きりでの前撮りっていうのもいいけど、こういう賑や
かな撮影会もいいよね。思い出になるし。

十五分くらいわいわい言いながら写真を撮って、そのあと
新郎新婦からそれぞれ挨拶してもらうことになった。

「じゃあ、まずかんちゃんから」

「はい」

緊張の面持ちで、一度咳払いをしたかんちゃんが深くお辞
儀をして前に一歩出た。

「本日は……当店の新装開店にお集まりいただき、まこと
にありがとうございます」

もう一度深々とお辞儀をしたかんちゃんは、顔を上げると
わずかに苦笑を浮かべた。

「本当は。御園さんに『私の店』と言えと言われていたん
ですが。どうも尻がむずむずするもので。済みません」

わははははっ!
一斉に笑い声が響いた。
その笑い声で緊張が少しほぐれたのか、かんちゃんの顔が
いつもの優しい顔になった。

「自分の取り分はちゃんと主張しろ。御園さんから、いつ
も言われてます。そうしないと、受け取れるものも誰かに
取られてしまうぞと」

ふっ。
小さな溜息の音が響いた。

「そうですね。私はもうこれ以上自分を削れません。私
は……本当はそんなに優しい人じゃない。そんなにいっぱ
い人にはあげられないんです」

「それに気づかせてくれた御園さんに。そして、私の過去
をご存知の上で髪を扱わせてくれたみなさんに。心からお
礼申し上げます」


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