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三年生編 第101話(9) [小説]

大学のカフェテリアで昼ごはんを食べて。
他の学部の展示や説明も聞いて回って。
僕もしゃらも十分満足して、帰りの電車に乗った。

ただ……行きと違って、帰りの電車の中ではどっちも口を
開かなかった。

疲れたからじゃない。
もうすぐ二人別々の生活になるというイメージが、かっち
り固まってしまったからだと思う。

坂口のバス停で降りた僕らが交わした言葉は、じゃあね、
だけだった。
それすらも口にするのがしんどかった。

「ふうっ」

家に帰ってから、大学でもらったパンフや資料をぽんと机
の上に放り出し、思い切り伸びをする。

「くううっ!」

行ってよかったか?
もちろん、よかったよ。

たった半日の見学で何もかも分かるわけなんかないけど、
見学で分かったことのプラマイを合わせたら、それは十分
僕の許容範囲内だったと思う。

出かける時みたいに浮き浮き気分で一日過ごすことは出来
なかったけど、だからと言って気分がどん底に落ちるって
いうことでもなく。

今まで手を伸ばした先すら見えなかった分厚い霧が少しだ
け晴れて、見たいもの、見たくないもの、それぞれがぼん
やり姿を現した。そんな感じだった。

まあ、それはいいんだ。
ただ、僕としゃらの間にある問題があまり改善してないこ
とは、今日の見学で改めてはっきりしたと思う。
少なくとも、僕はそう感じてる。

僕は、机の上に乗せておいた小さな鉢植えを見つめる。
花落ちしたコウシュンカズラの小さな鉢。
昨日買った見切り品だ。

「ミリオンキッス。百万回のキス、か」

好きだってことは言葉に出来るし、キスの形にも出来る。
でも、それは単なる言葉と行動に過ぎない。
何百万回好きだよって言っても、キスをしても。
それに本当に心がついていってるかどうか分からないんだ
よね。

でも、しゃらは。
僕が館長さんに言った最後の一言で、すっかり満足したら
しい。

僕は、それが怖くて仕方ないんだ。

それは約束じゃない。約束は出来ない。
でも、今はまだそれをしゃらに言うつもりはない。
だって、僕らはまだ約束を口にしないと保たないだろうか
ら。

「……」

まだ残り時間はある。
その間に、少しでも独りに耐えられるよう心を鍛えないと
だめだ。

もちろん、行きのバスの中で話してたみたいに、しゃらに
はその重要性が分かってるだろう。
僕も、しゃらのことなんか偉そうに言えない。
少しずつ負荷を強くしていかないとだめだ。

コウシュンカズラの鉢を目の前に掲げる。

寒くなるに従って花が減り、葉を落としていくコウシュン
カズラ。
でも、寒さには意外に強いって聞いてる。
いきなり強い霜に当てたりしない限り、少しずつ寒さに耐
えられる状態に変わっていくから。

きっと。
僕たちもそうなんだろう。

ずっと寄り添って過ごしてきた高校生活は、もうすぐ終
わってしまう。
それがいきなりの変化なら、僕らの関係はもう続けられな
いかもしれない。
そこで壊れてしまうかもしれない。

でも、僕らはそれぞれ一人になることを見据えて、少しず
つ自分自身を鍛えてきた。
まだまだなまっちょろいんだろうけど、それでもね。

高校生活が残り半年を切って、全てが卒業後のことに向
かってなだれ落ちていく。
その激流の中に全てをぶん投げて、何もかも失ってしまわ
ないように。

僕は……寒さに身を慣らして行こうと思う。



koshnk.jpg
今日の花:コウシュンカズラTristellateia australasiae



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