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【SS】 俺様 (曽田真弓、リドルのマスター) (二) [SS]


わたしがリドルでバイトすることになったきっかけ。
それは、ひょんなことからだった。

会社を辞めて抜け殻みたいになってたわたしは、すぐに次の
仕事を探す意欲が湧かなくて、住んでたアパートを引き払っ
て実家に帰った。

家に戻ったところで、何かすることがあるわけじゃない。
親はいい顔しないし、わたしもどこかで踏ん切りを付けて次
の行動を起こさなきゃとは思ってた。

でも、会社という集団から弾き出されてしまったわたしには、
致命的な欠陥があるのかもしれない。
それが何かが全然分からなかったわたしは、完全に腰が引け
てしまったんだ。

少しだけ。もう少しだけ猶予が欲しい。
わたしは学生の時にちょこっとだけ習っていたウクレレを気
晴らしに弾いてみようと思って、錆びちゃってた弦を張り替
えるのに楽器店に行ったんだ。
そこで……レジにいた佐竹さんていう若い女性店員さんと仲
良くなったの。すっごい話しやすい、気さくな人だったから。

大学を中退して、その後三年半くらいフリーターをやって、
いつまでもフリーターじゃなあって、ここに就職した。
佐竹さんは、そう言った。

でも佐竹さんは、フリーターをしてたってことが信じられな
いくらい、しゃっきしゃき。
きびきびしてて、明るくて、冗談好きで。
まだお店で働き始めてそんなに経ってないはずなのに、他の
スタッフの人たちとすごく打ち解けていた。

そこに……わたしはちくりと痛みを感じたんだ。

わたしは、自分の欠陥に気付かなかったんじゃない。
それを考えたくなかっただけ。

同じセクションに苦手な人が何人かいて。
わたしは、その人たちとどうしてもうまくコミュニケーショ
ンが取れなかった。
陰口叩いたりとか露骨に嫌悪感を示したりとか、そういうこ
とはしなかったつもりなんだけど……わたしの苦手意識は以
心伝心で相手に伝わっていたんだろう。

そこから。
その小さな亀裂から、わたしの破滅が始まっていたんだ。

互いに距離を置く。
個人的な付き合いの場合ならそれはオトナな対応で、ちゃん
と機能するんだろう。でも仕事ならそうは行かない、

チームワークや役割分担がきちんと求められる職場でメンバー
間の連携が切れてしまうと、すぐに致命傷になる。
そして、緊張関係の要の部分にわたしが居た。

……そういうこと。

わたしがこのまま次の職に就いたら、また同じ失敗を繰り返
すんじゃないだろうか。それは……底なしの恐怖に近かった
んだ。
わたしは、その悩みを黙って抱えていられなかった。

佐竹さんとは知り合ったばかり。何の利害関係もない。
わたしは、そこで洗いざらいゲロしたんだよね。
そしたら、佐竹さんが意外なことを言った。

「わたしのはさあ。フリーターって言うよりリハビリだった
んだよね。曽田さんにも、それ必要なんちゃう?」

リハビリ……かあ。

佐竹さんはわたしに、佐竹さんが前に働いていたリドルとい
う喫茶店でアルバイトすることを勧めてくれた。
後釜はまだフィックスされてないはず。マスターは多分喜ん
で雇ってくれるよって。

正直、バイトするなら人とあまり顔を合わせないタイプの仕
事にしたかった。
でも、佐竹さんがリハビリが必要って言ったことが気になっ
たんだ。

わたしは思い切ってリドルに電話して、バイトをさせてもら
えませんかってマスターにお願いしてみた。
そうしたら、面接したいのでお店まで来ていただけませんか
と、丁寧な返事。

いつまでもうだうだ考え込んでいたってしょうがないよね。
わたしは……思い切ってトライしてみることにしたんだ。




or3.jpg




閉店後の喫茶店。
マスターが淹れてくれた一杯のコーヒーを挟んで、面接が始
まった。

「曽田さんは、こういう給仕とか店員さんとかのバイトや仕
事の経験がありますか?」

「いえ……学生時代は親がバイトを許してくれなかったので」

「そうですか。じゃあ、そこからかな」

温厚で優しげなマスターが、わたしの差し出した履歴書に素
早く目を通してから、すぐに返してくれた。
間髪を入れずに、マスターが話し始めた。

「ええとね。ウエイトレスっていう仕事は、ものすごーく簡
単で楽です」

「は?」

「でも、同時にものすごーく厄介で、しんどい仕事なんです
よ」

マスターの目は、笑ってるみたいに見えて、笑っていなかっ
た。

「僕の仕事も含めて、飲食業はサービス業です。お客さんは
店を選べますが、店はお客さんを選べません」

「……そうですね」

「いろんなタイプのお客さんが来ます。全員が、あなたに好
意的なわけじゃありません」

「……」

「あなたが苦手な、嫌いなお客さんが来ても、帰れって言え
ません。いいですか?」

「はい」

「人間ですから、感情にでこぼこがあるのは当たり前です」

「ええ」

「でも、それをお客さんに押し付けたら、あなたがそれだけ
の人間だって思われるんですよ」

「……」

「何もかも我慢しろとは言いませんが、あなたの戸は最後に
閉めてくださいね」

「どういう……ことですか?」

「その分、お客さんの戸を開ける努力をしてください。それ
が僕のオーダーです」

 

 


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風来鶏

「あなたの戸は最後に閉めてくださいね」
マスター、名言ですね(^_^)v
by 風来鶏 (2016-02-26 18:12) 

水円 岳

>風来鶏さん

コメントありがとうございます。(^^)

給仕は客の無理難題をなんでも我慢しろってことじゃない
んですけどね。
この時点では、まだ曽田さんはマスターの言葉の真意を
理解していません。(^^;;

by 水円 岳 (2016-02-26 23:52) 

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