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【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十七) [SS]


「浜草さんは、田手さんのサポが切れても大丈夫なの?」

わたしが心配そうな顔をしたのを見て、沢田さんが内々の事
情を明かしてくれた。

「そろそろ……ハマの方が限界だったんすよ。トシのサポー
トを重たく感じてたみたいで」

「あ、そうかあ。そっちかあ……」

「トシとの関係が対等(イーブン)じゃないから、ハマには
コンプレクスばっかどんどん溜まっていっちゃう。見てて、
痛々しかったです」

「少し時間と距離を置いた方がってことね?」

「そうっす。お互い、離れないと分からんこともあるでしょ
うし」

そうだよね。
これで完全に壊れちゃったってことじゃなく、バラして風を
入れる時間を取った、そういうことなのかもしれないね。

「ハマは、ネットの歌い手に専念するみたいです。わたしは
対人恐怖があるから、ライブとかやっぱ無理ってカミングア
ウトして」

「ああ、正直にげろったんだー」

「その方がいいだろ。無理はよくないよ」

店長がずばっと言い切った。

「バンドってのは生き物さ。誰かが嫌だ、しんどいって思っ
たら、そこから先には行けないよ」

「それに、フォーピースってのはソロイスト四人じゃない。
誰が欠けても困るんだ。俺らが代役やれちゃうってことは、
まだまだ煮込みが足んないのさ。解散はしゃあないよ」

「ははは。ほんと、そうですね。でも」

「うん」

「俺とヤマは、これからもコンビでやります。すんごい楽し
かったんで」

「いいんじゃない? 今度は君らがきっちりイニシアチブを
取ったらいいよ」

「そっすね。あ、それで」

「うん」

「クリコンで佐竹さんと一緒に歌ってた子。いいなあと思っ
たんで、誘ってみようかと思ったんですけど。芽があります
かね?」

「ああ、千賀さんね。ボーカル張ってた学バンが解散したか
ら、今はフリーだよ」

「お!」

「でもなあ」

店長が腕組みして苦笑した。

「彼女がうんと言うかなあ……」

「え?」

「論より証拠さ。彼女のスタジオライブの音源があるから、
聞いてみたらいいよ」

そう言って事務室に引っ込んだ店長が、一枚のCDを持って
戻ってきた。

「学バン解散前の、最後のリハの音源。リハって言っても、
観客いるから一切手抜きなしのマジだよ」

それ以上何も説明しないで、CDプレイヤーにCDを突っ込
んだ店長が、沢田さんにヘッドフォンを渡した。

なんだろうっていう表情で、受け取ったヘッドフォンを装着
した沢田さんは、店長がプレイボタンを押した途端に派手に
ずっこけた。

「ぐわあっ!」

ひっひっひ。オープニングからジュダスプリーストのペイン
キラーだもんなあ。全開だ。
千賀さんは、自分がメイン張る時にはウルトラギャオスにな
るからねい。
気合い爆裂になった千賀さんは、はんぱじゃないぞお。

冷や汗をだらだら流しながら聴いていた沢田さんは、ヘッド
フォンを外してこめかみを押さえた。

「佐竹さんのオペラ以上に信じられないっす」

ぎゃははははははっ!
店長と二人で、腹を抱えて大笑い。

「ひっひっひっひっひー。とってもそんな風には見えないで
しょ?」

「音圧高あ!」

「でもね。彼女はそう出来るように、がっつり鍛えたんです
よー」

「え?」

「歌い始めた頃の千賀さんは、浜草さんと同じよ。透き通る
ような声。まさにエンゼルボイスだったけど、ものすごく線
が細かったの」

「うわ……」

「それなのに縦ノリ系で無理に声出そうとして、一発で喉潰
して」

「ぎょえええっ!?」

「そこから地味ぃにボイトレで鍛え上げてきたの。彼女は、
見かけによらず、すっごい根性あるんですよ」

「そっかあ……」

「自分のキャパをしっかり広げておかないと、こんな風に歌
いたいっていうイメージは表現出来ないです。シャウターは
上手に絞ればウィスパーになれるけど、その逆は出来ません
から」

「うーん、確かにそうですね。コンサートの時には、上手に
コントロールしてたものなあ……」

「声量や声質だけでなくて、選曲もそう。彼女はがっつり声
が出せるハードロックが好きなんだけど、それだけじゃ幅が
出ない。静かなバラードや軽いポップス系にもちゃんとチャ
レンジしてるし、歌い切れます。でもね」

わたしは、持ってたボールペンでレジ台をぽんと叩いた。

「MCでも言ってたと思うけど、彼女は自分の好きなように
歌いたいの。自分を押さえ込んで歌うより、自分を残らず出
し切りたい。それが今の千賀さんなの。だから、そう出来な
い条件ならうんと言わないと思う」

「そっかあ……残念だなあ。あ、佐竹さんは?」

そう来ると思ったんだ。
思わず苦笑いしちゃった。

「わたしはダメよー」

「どうしてですか?」

「歌姫が出て行っちゃったからね」

 



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