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【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十六) [SS]


「無理だろ」

店長が、一刀両断ずんばらりん。情け容赦なし。

「彼女が歌うということを自己表出の手段としてしか使わな
い以上、曲の中には入り込めても世界は作れない。残念だけ
ど、彼女はずっと一番の歌詞止まりだと思うよ」

懐の深い店長にしては、ずいぶんあっさりと切り捨てたなあ。
でも店長の次の言葉を聞いて、わたしは納得した。

「歌にこだわり過ぎさ。浜草さんも田手さんもね」

あ、そういうことかあ。
そこも……かつてのわたしと同じだ。

「俺がギターなしで、そして佐竹さんが歌なしでちゃんと毎
日暮らせてるように、自分の生き方を楽しくする方法なんざ
山のようにあるよ。そいつをちゃんと使わんのは損さ」

わははははっ!
思わず大笑いしちゃった。
うん。確かにそうなんだよね。

「店長」

「うん?」

「そう考えられるようになるには、時間が要りますよー。わ
たしは三年かかりました」

「時間だけかい?」

「いえ、もちろんサポーターは必要だと思いますけど、浜草
さんにはもういるでしょ?」

「はははははっ! そうだな」

事故の時。
浜草さんを置いて田手さんだけがここに来ることは可能だっ
たし、バンマスとしてはその方が正解だったと思う。
だけど田手さんにとっては、CP4と浜草さんなら彼女の方
が優先だったんだ。

それは大山さんや沢田さんにとっては、無責任でなんだかな
あと思う判断だろう。
でも、すでに自立しているお二人と、不安定さが全然解消し
てない浜草さんなら、どうしても彼女のケアを先にしなけれ
ばならない。

自分のミュージシャン生命が断たれても、彼女を気遣うこと
を第一に考える。
それは、第三者から見ればバカみたいかもしれない。
でも、田手さんにとって彼女が全てである以上、外野が田手
さんの判断にとやかく言ってもしょうがない。

願わくば、そういう田手さんの底なしの優しさに、彼女がちゃ
んと気付いてくれますように……。

「さて。ピザもなくなったし。これでお開きにしますか」

店長があっさりと締めて、最初に立ち上がった。
みんなも次々に腰を上げて、帰り支度を始める。

「俺は会計済ませてから大山さんと沢田さんを送ってくから、
みんなは店舗の方頼むな」

「うーす」

「お疲れ様でした」

「お疲れー」

「お疲れさんしたー」

軽い反省会のはずなのに、わたしのせいでどっしり重くなっ
ちゃった。
そっちを反省しないとなー。思い込むとだあっと行っちゃう
悪い癖が直らない。とほほ……。

でも、店長のひょうひょうとした姿勢がかちこちになりそう
な空気をうまく解してた。
ほんとに動じないって言うか、乾いてるって言うか……。

でも店長のドライさは、わたしの思ってたのとはちょっと違
うかもしれない。

店長のは感情を出さないとか、隠すとか、繕うとか、そうい
うんじゃないんだよね。気持ちに余裕を持たせてて、感情の
出し方をいつも工夫してるんだ。
いつでもナマで直球のわたしと違って、自分をちゃんとプロ
デュースしてる。

そういうところは、ちゃんとプロ意識を持ってやってるんだ
よね。すごいわ。





There's A Light   by Beth Nielsen Chapman



           −=*=−


クリスマスコンサートを無事消化して、マスダ楽器は通常の
年末繁忙のみになった。

音楽教室の年末年始のスケジュール調整、教室の割り当て、
生徒さんたちの楽器購入やメンテの手続き。販促。
毎日ばたばたと忙しいけれど、それは商売としてはありがた
いこと。わたしたちが暇な方が困る。

レッスン予定表をチェックしていたら、伝票を鷲掴みにした
店長が無精ひげの伸びた顔をひょいと突き出した。

「どんな感じ?」

「今のところはノートラブルですー。あとは、リトミック科
の先生やお子さんにインフルが出ないことを祈りたいところ
ですねー」

「そうなんだよなあ。こればかりはなあ」

「みかんいっぱい食べて、予防するしかないですよ」

「俺は、みかん嫌いなんだよなあ」

「みかんの方が店長を嫌ってるんじゃないすかー?」

「なんだとう?」

「ぎゃはははっ!」

店長とばか話をしていたら、店に入って来たひょろっとした
若い男の人が、真っ直ぐレジに歩み寄ってきた。

「いらっしゃいませー」

「先日はありがとうございました」

あ! 沢田さんじゃん。帽子被ってないからすぐに分かんな
かった。

「こちらこそー!」

「一応、ご報告に」

うん。きっと解散報告だろう。

「解散……ですか?」

「はい。俺とヤマが抜けるってことじゃなく、完全に解散て
ことにしました。リピカさんにもそれで了承をもらって」

「引き止められなかったかい?」

「リピカさんは、ハマだけ欲しかったみたいっす。でも、そ
のハマが一番ダメなので」

沢田さんの苦笑いは、冗談抜きに苦そうだった。

やっぱ解散かあ……。
寂しいけど。わたしには最初から、そうなるんじゃないかっ
ていう予感みたいなのがあった。

CP4のような魅力も実力もあるバンドが、なぜ仮契約のま
まだったのか。
店長だけじゃない。芸プロの担当者もまた、繊細さの裏にあ
るひ弱さが最初から気になっていたんだろう。

CP4は、リーダーが強烈な個性でみんなをぐいぐいリード
するバンドじゃない。互いにこっそり肩を寄せ合うような、
ふわっとしたユニットだったんだ。

バンドとしての求心力を保ち続けるには、田手さんは優しす
ぎたし、浜草さんは弱すぎた。そして、大山さんと沢田さん
は、最初からサポートしか出来なかった。
誰かが突出しないからまとまりはいいけど、揺るがない精神
的支柱がなかったんだ。

ホールライブを経験することで一皮むけて、しっかりした芯
が出来れば『仮』は取れたのかもしれない。
でも……ライブのプレッシャーに浜草さんが耐えられなかっ
たんだろう。




mk05.jpg
(プリムラ・マラコイデス)










I Know You By Heart  by Eva Cassidy

 

 


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