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二年生編 第79話(2) [小説]

「自分の目指したいものが大学の先にあるなら、入試に全力
投入すればいいけど、入ったところで燃え尽きちゃったら元
も子もないの。勉強のための勉強には意味がない。ハードル
飛んでなくなってしまう知識には、それ以上の意味はないか
らね」

「じゃあ……その目指すものが分かんない時には、勉強のし
ようが……」

「そうね」

あっさり。
会長は、そう言い切った。

がっくり……。

「でも、仕事っていうのは一生のことよ。いろいろ試してみ
てっていうやり方もあるけど、それは人を選ぶ。いつきくん
みたいに考え込んじゃう人なら、じっくり腰を落ち着けてラ
イフワークを考えたらいいわ。今決めないのは逃げじゃない
のよ」

「……」

僕が、何となく納得できないって顔をしてたのがおかしかっ
たのか、会長はくすっと笑った。

「今、いつきくんはバイトしてるでしょ?」

「はい」

「バイトと仕事とどう違うの?」

「う……」

うん。
言われて見れば……どう違うんだろう?

首を傾げた僕に、会長が畳み掛ける。

「仕事をする意味はね、人によって違う。目的は一つじゃな
いの」

目的……かあ。

「生活費を稼ぐ。それは働く大事な目的」

うん。

「どうぜ働くなら、そこで自分を表現したい。活かしたい」

「はい」

「でも、その二つは必ずしも一致しない」

あ……。

「アーティストを見れば分かる。自分の夢を追えば、それは
必ずしも金銭的には満たされない。その逆もあるよね。お金
を稼ぐために自分を削って働く。仕事に我を出すことはあえ
てしない」

「……」

「どっちがいいという話じゃないの。それはそれぞれの人の
価値観の問題だし、ゼロ百の話でもない。そして……」

会長の目つきがきつくなった。

「何がしたい、じゃなくて、何が出来るかっていうこともあ
るでしょ?」

う……。

「職を選ぶって言うのは、単純なことじゃないの。だから焦
る必要はないのよ」

「う……ん」

「まだいつきくんが生物ってターゲットを変えていないのな
ら、そこには一番やる気を投入できる。わたしはそれでいい
と思うけどね。具体的な職種を絞らなくても」

「そうすか……」

「それより、生物の何が面白いのか、何に突っ込めるのか。
そっちを突き詰めていった方がいいわ。職業に視線を固定し
すぎててそこがあやふやになったら、本当に勉強の目的が分
かんなくなるわよ」

確かに……。

「あの……」

「なに?」

「あっきーは……決めたんですか?」

「いやあ、迷ってるみたいよ。ジェニーさんもそうみたいだ
し。昨日の夜はもっぱらその話だったの」

そっか。なるほどなー。

「わたしは亜希ちゃんに二年って期限を切ったけど、だから
と言って職選びまで急かすつもりはないの。大学をどこにす
るかを自分で決めるのも自立の一歩。それでいい」

そっか……。
確かに、一生のモンダイなんだから慌てなくていいっていう
のは、親にも会長にも前から言われてること。
僕に何か事情があって変わったってわけじゃない。

だけど……。
瞬ちゃんに言われてたこと、それがどうしても僕には引っか
かる。

近くと遠くを両方見ろ。

僕は、ずっと近くだけを見続けてる気がする。
うつむいてせかせか歩いてる気がする。
そのまま……行き止まりの道に突っ込んでいってしまったら
どうしよう。

そんな、恐怖から逃れられない。

もちろん、悩んでるのは僕だけじゃないんだろう。
しゃらも、あっきーも、ジェニーも、みんな同じなんだろう。
でも、だからと言って僕がそれで楽になることはない。

だって……。

……僕の道は、僕にしか決められないから。


           −=*=−


会長の家を出る。

進くんが生まれるまでは清楚な白い花が多かった庭も、徐々
に前のようなエネルギーを感じさせる庭に変わりつつある。

クロッサンドラの松明の向こうで、伸び上がって揺れてるの
はツンベルギアだったっけ。
半蔓性って聞いてたけど、会長は誘導はしないで自由に伸ば
してる。
しゅっしゅっと伸びた枝にしがみつくようにして、紫色の花
がいっぱい咲いてる。

揺れる花を見ながら、僕はぼんやり考え込む。

今まで、僕は無我夢中で走ってきた。
その時間を意識することはなかった。

でも今……。
立ち止まってる僕を、時が追い越していく。
勢いよく。

僕は置いていかれたくなくて、必死にそれにしがみついてる。
まるで……このツンベルギアの花みたいに。
口を大きく開けて、僕は叫ぶ。
待って! 置いてかないで!

でも、無情な時は僕を待ってくれない。
暑い夏は、僕を置いてずんずんと大股で行き過ぎてゆく……。

「ああ、そうか」

会長の庭から出て、ゲートを閉めてふと思う。

「ジェニーの感じてるのは……こういうことか……」


           −=*=−


実生は、ちゃんと眠そうなジェニーに配慮したらしい。
一眠りしたジェニーは、すっきりした顔で昼ご飯を食べに下
りてきた。

「お兄ちゃん、寿庵の体験て飛び込みでも行けるの?」

一人きりになりたくない実生が、探りを入れてきた。
まあ、ずーっと塾で勉強尽くしってのもしんどいよね。

「いけるんちゃうの? そんな大人数ってわけでもないし」

「じゃあ、一緒に行っていい?」

「いいよ。たまには息抜きしないとね」

「わあい!」

「体験て言っても、遊びじゃないからな」

「分かってるって」

「じゃあ、支度して。寿庵に集合なんだ」

「はあい!」

実生が階段をばたばた上がっていく。
それをジェニーがぽかーんと見ていた。



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