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三年生編 第76話(2) [小説]

熱風が吹き抜ける講堂。
そのど真ん中に向かい合って座る。もちろん正座だ。

結局、重光さんは最初から最後まで僕に笑顔を向けることは
なかった。
そして、僕がそれを奇妙だと思うことはなくなった。

「最後の最後まで死ぬ気でやれ。ここでいいと手を抜くな!」

「はい」

「俺は誰にでもそれしか言わん。あとはてめえで考えろ」

「……はい」

正座を崩してあぐらをかいた重光さんが、僕から視線を外し
て墓地に目をやった。

「おまえと立水で、終いだ。この夏限りでここを閉める」

「えっ!?」

「トシがトシだからな」

そうか……。
それで、どやされた時に『最後』って言ってたんだ。

「これからどうするんですか?」

「坊主止めても、ここらへんにはけたくそ悪いじじいばああ
どもがごしゃごしゃいるんだよ。退屈しねえ」

あ……そうか。
おばあさんたちに、クソ坊主呼ばわりされてたもんなあ。

「俺は、やり切った。あの世にまで持ち越すものは何もねえ
よ。あたあ墓に入るだけだ」

ぐん!
勢いよく立ち上がった重光さんは、背中越しに伝言をぽいっ
と投げつけていった。

「斉藤に、そう言っとけ!」

「はい!」


           −=*=−


一意貫徹。
自分で一度やると決めたら、信念を貫き通すこと。

それは、ものすごく窮屈な生き方なのかもしれない。
だって、決めたことが物理的に叶わなかった時には、それが
大きな傷や重荷になってのしかかってしまうから。

医師を諦めた瞬ちゃんも、画家を諦めた安楽校長もそうだ。

でも。
重光さんと話してて感じたのは、いいも悪いもなく、こう
やって生きるんだっていう潔さ、強さ。
最初から最後まで一意貫徹する凄さだった。

僕も立水もどやされたこと。
自分の生き方くらい自分で決めろ!
重光さんは、迷うな、悩むな、後悔するな……そんなことは
一言も言ってない。

中間にどんなプロセスがあっても、それごと肥やしにしろ!
何から何まで燃料にして、自分の生き方くらい自分で決めて
行け!

うん。そうなんだよね。

うまく行かないことを人のせいにするのは、もちろん論外な
んだろうけどさ。
自分がうまく行ってるのを、手伝ってくれる人や運のせいに
するのも考えものなんだ。

もちろん、助力や助言は嬉しい。それは活かしたいし、手を
差し伸べてくれることにも心から感謝したい。
でも、そういう補助があることが前提になってしまうのは、
すっごくまずいんだ。
自分の足で動けなくなってしまうから。

ガキが大人の真似すんな!
そう、どやされたことの中身。

まだすっかすかの自分の中身を埋めるなら、その中身は自分
で作れ! 人のものを入れて半端に満足するな!
……ってことだよね。

中身がない、足りないと認識するから、そこを埋めようと努
力する。そこを借り物で埋めてしまったら、もう自分を入れ
る場所がないだろうが!

シンプルだけど、これ以上ない真正面からのど突きだった。

「ふうっ……」

これまでどうしても自分から拭い去ることが出来なかった、
中学の黒歴史。
なぜ自分だけが理不尽に迫害され続けないとならないのか?

僕は、それにずっと答えを探し続けてきた。
答えなんか永遠に見つからないと知りつつも。

自分の中で欠けたままの答え。
それを埋めるために、一度自分をまっさらな白紙に戻し、そ
こを友達や楽しいことで埋めてきた。

で。
埋まった?

ううん。埋まってない。ちっとも埋まってない。
だから、いつまで経っても自分の飢餓感が無くならない。
どこかで人を羨んでいて、誰かのパーツを借りてきて自分を
満たそうとしちゃう。

生き方も、指針も、金言も……みんなそう。

きっと。
大野先生にも会長にも、最初から僕のそういう危なっかしい
部分が見えていたんだろう。
だから強い警告が出されたんだ。何かを絶対視、神聖視する
なって。

何でも受け入れ、何もかも吐き出す。
一、二年の時のどたばたは、僕の中身をそうやって次々に塗
り替えてきたけど。
じゃあ僕って何よ? 何が『僕』として組み立てられてきた
の?

それが、まだ全然答えられない。

瞬ちゃんの、無趣味を自慢するなっていうのもそう。
曲げられないソリッドな僕があれば、もっとはっきり好悪の
感情が出るはず。それが当たり前のはずなんだ。

でも、夢中で注ぎ込める自我が全然足んない僕は、どこか冷
めてしまってる。
自分自身すら遠いところに置いて、柵の外から見てるみたい
だ。

それじゃ……なあ。


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