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三年生編 第76話(3) [小説]

「うん」

でも。
重光さんは、僕の中身を『今すぐ創れ』とは言ってない。

ないなら、全力で創ろうとしろ。手を抜くな!
それだけ。

「あはは」

くそ暑い部屋の中。
僕のやる気は、再びじわじわっと湧き始めた。

高校が僕のゴールじゃない。
もちろん大学も、だ。

重光さんのように、何かを貫き通せる生き方を探そう。
それは、職業とかそういうのとは違う。
これが僕だと言える自分をこつこつ創ること。

時間をかけて。
ゆっくりとそれに取り組もう。

暑さで溶けるぐだぐだな僕がいて。
その溶けた肉塊が蒸発しても、たぶん今は何も残らない。
それは……すっごい悔しいよね。

「よしっ!」

洗いじわだらけのタオルでわしわしと顔の汗を拭い、机の上
にテキストとノートを広げる。

ここでの二週間は、無駄じゃなかった。
足りないものが見えて、どうすればいいのかの見通しが立っ
た。

一人はきつい。寂しい、しんどい。
そこはまるっきり予想通りだったけど。

一人にされて見えたもの、動いた心があるなら。
それが、初めて出来たオリジナルの僕なんだろう。


           −=*=−


心頭滅却すれば火もまた涼し。

いやいや、そんなことはないよ。
風が死んじゃった部屋の中は、これまで経験したことがない
猛烈な暑さだった。
あまりの暑さで、やかましく喚き続けていた蝉までおとなし
くなってる。

でも、汗を拭くタオルを三回替え、麦茶のでかいペットボト
ルを足元に置いて水分補給しながら、僕は炎暑の午後を黙々
と勉強に費やした。

変な話、条件が悪い方が気が散らない。
快適だと、逆にすぐ気が緩むような気がする。

明日の模試をクリアして家に帰ったあとは、ずっと自習。
今度は先生も、講師も、住職さんもいない。
自分をどやせるのが自分しかいなくなる。
気合いや決意がすぐに後戻りしやすい僕は、そこで悩みの無
限ループに入ってしまうとまた集中力が切れるだろう。

今みたいに、暑い暑いとそのことだけに全部の不都合を押し
付けられる方が集中出来るんだ。ははは。


           −=*=−


部屋の中にシャーペンの走る音だけを響かせ続けているうち
に、暑さのたがが少しだけ緩んだような感じがして、ふと顔
を上げた。

「おっと。夕方?」

机の上に置いておいた腕時計で、もう一度きちんと時間を確
認した。

「わ。もう五時回ってたのかー」

夕飯用のお弁当はもう買ってあるけど、どのタイミングで食
べるかだよなあ。

明日は、朝一からびっしり模試だ。
途中で燃料切れになるのは嫌だから、今日の晩飯、明日の朝
昼と繋ぎのおやつ。間隔を詰めて、びちびちに詰め込んで行
きたい。

それなら、夕飯は早めじゃなくて遅めの方がいいな。
もう一踏ん張りしてからにするか。
今はまだ水分補給だけにしておこう。

足元の空になったペットボトルを拾い上げて、冷蔵庫で冷や
してあった麦茶を継ぎ足しに行く。

「お? 終わったん?」

「ああ。きつかった……」

立水が、しんどそうに冷蔵庫の前にしゃがみ込んでいた。

「暑かったしなあ」

「まあな。それよか講義の進み方が、ぱねえ」

「堪えどころだろ」




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