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三年生編 第68話(3) [小説]

「みなさん、一学期お疲れ様でした。わたしは初めての担任
で全然頼りなかったと思うけど、これからは遠慮なくプレッ
シャーをかけます」

しでかしたことへの反省ではなく、僕らへの厳しい姿勢を前
に出したえびちゃん。

「わたしのようなひよっこは、受験指導っていう面ではベテ
ランの先生に全然敵わないんだけど、わたしや中沢さんが唯
一メリットに出来ることがあるの」

「それは、わたしたちもちょっと前までは受験生だったって
ことね」

「勉強そのものだけでなく、受験生の焦りや悩み、勉強への
アプローチの工夫。君たちが苦労することは、わたしたちも
苦労したことで、その時の経験や感覚がまだ鮮明に残ってま
す」

「その分、君らから持ち込まれた相談には、積極的に答えら
れると思います。夏休み期間中も、必要に応じていつでも連
絡を下さい」

「直接の面談でなくても、メールでのやり取りでも出来る限
り答えますので」

うん。そう言ってもらえるのは嬉しいね。
なんか最初にごちゃごちゃあった分だけ、ぴしっと筋が通っ
たっていうか、頼もしくなった気がする。

……まあ、えびちゃんなりに、だけどさ。

「さて、それではこれから成績票を渡しますが」

ぐるっと僕らを見回して、先生が意外な言葉を口にした。

「今回の成績票に限り、若干のトリックがあります」

は? と、とりっくぅ?
なんだろ?

「うちのクラスでも何人か志望者がいますが、推薦で大学進
学を狙っている子は、願書の提出が早いんです。二学期の期
末試験の成績が出るのを待っていられないことがあります」

あ、そうか。

「なので、推薦を狙う時に不利にならないよう、成績票には
加算点が入っています」

先生が、出席簿でぽんと教卓を叩いた。

「それは、必ずしもずるということではないので、勘違いし
ないようにね。成績票の中には授業を受ける姿勢、小テスト
の成績なんかも加算してあります」

「一般入試組は、成績票がいくらよくてもあんまり意味があ
りませんので、試験成績以外の加算を減らしてあるんです」

「この高校での定期試験の成績というのは、校内でしか意味
を持ちません。あくまで、君らの学力チェックの参考くらい
にしかならない」

「でも、それが校外に数字として出る時には、とんでもなく
重い意味を持つんです。それを、よーく覚えておいてくださ
いね」

えびちゃんは、もう一度僕らをぐるっと見回した。

「この高校の進学実績がどうなるか。それは、君らには直接
関係のないことです。でもわたしたちは、君らが自分の夢を
叶えるための選択肢を広げたい」

「ここらへんでいいかって考えていれば、ここらへんのもの
しか手に入りません。だからって、いきなり高望みしても玉
砕するだけです」

「君らのベース、基礎学力をきちんと固めた上で、君らに付
加価値を考える余裕を持ってもらう指導。そう考えてくれれ
ば嬉しいです」

なるほど。
それって、えびちゃんの持論じゃないな。
安楽校長からガイドラインが示されて、それを学生にきちん
と説明しなさいってことなんだろう。
完全実力主義だった安楽校長が、その舵を違う方向に切った
ということだ。

今えびちゃんが言ったことは、さっきの校長の挨拶には全く
出てこなかった。
つまり校長の一存で決めたことじゃなく、校長のマネージメ
ントプランに先生たちが納得して、合意したってことなんだ
ろうな。

一見地味だけど。
その路線転換の衝撃は、去年の沢渡校長のよりはるかに大き
いかもしれないね。

自由にさせてやるけど、全ての責任はおまえら自身が負え。
それがこれまで。
これからは、自由を制限する代わりにサポートを充実させ
る、だ。

そのどっちが正しいってことじゃない。
それぞれにメリットとデメリットがあるってことなんだろう。

「それでは、これから成績票を渡します。名前が呼ばれた人
は取りに来てください」

えびちゃんがきびきびと名前を読み上げ、僕らはそれをさっ
と取りに行く。

成績票を取りに行ったしゃらは、中を見てほっとしつつも、
さっきのえびちゃんの色付け宣言を気にしたのか、微妙な表
情だった。

僕のはどうかな?

「……」

まあ、こんなものか。
やっぱり英語の点が辛い。
これからがっつり勉強強化せんとなあ……。

「ああ、そうだ」

成績票を渡し終えたえびちゃんが、僕を指差した。

「工藤くん、風紀委員会からは何か報告はないの?」

まあ、ないっちゃないんだけど……。

「じゃあ」

先生と入れ替わって前に出た。



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