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三年生編 第74話(9) [小説]

「因果なものだな」

「はい?」

「俺もさやのことは言えねえさ。家なんてもなあ、ずっとそ
のままあると思っててね」

「そうなんですか?」

「ああ。王座戦とお袋の危篤が重なった時に、試合を蹴る踏
ん切りが付かんかったんだ」

「げ! 試合、出たんですか?」

「出た。それが……拳を怪我する結果になったやつだよ」

「あっ!!」

思わず立ち上がっていた。

「それ……」

「そう。俺は平常心を保てなかった。早くけりをつけて病院
に行きたくてな。力任せの接近戦を挑んで、勝つには勝った
が最低の試合をした」

「間に合ったんですか?」

ぽつんと。
矢野さんがこぼした。

「いや。間に合わんかった」

いつも徹底的に平常心を保っている矢野さんが、すうっと俯
いた。

「それ以来、親父には縁を切られてんだよ。おまえなんざ、
もう子供でもなんでもねえってな」

う。

「結婚も結局失敗してる。俺は……どうも人付き合いがうま
く行かねえな。糸井のおやっさんも放り投げちまったしよ」

そうか。

「それでも、諦めたくはねえ。自分に恥じない生き方をして
いれば、ハンデの分はいつか取り戻せる。俺は、ずっとそう
思ってる」

「そうですね」

ふっ。
僕は、こっちに出てきてからずっと胸に溜まっていたもやも
やを一気に吐き捨てた。

「さっき矢野さんが校倉さんに言ったこと。あれはそのまま
僕にも刺さります」

「うん? 精神が弱いってやつか?」

「はい。僕も……やっぱ弱いですよ。全然自分には勝ててな
い」

「そうか?」

「ええ。だから自分に足りない分だけ、どうしても自分の
キャパ以上のものを受け入れようとしちゃう。受け入れられ
るように、自分の容れ物をでかくするのも大事だけど」

「うん」

「自分には出来ない、無理だって言って拒否する。飲み込め
ないものは、きちんと吐き出す。そういう意思を、きっぱり
人に示す勇気がもっと必要なんだろうなと」

「出来てるように思ってたけどな」

「敵意は押し返せるんです。でも、厚意とか助力を結局受け
入れちゃう。飲み込んじゃう。それは……なあと」

「どっかで、寄っ掛かってる感じがするか?」

「しますね。自分ではそう思いたくないけど。でも……」

「なるほどな」

うんうんと矢野さんが頷いた。

「きちんと自分でけりを付けていかないと、全部中途半端に
なっちゃう。進路もそう」

「迷ってんのか?」

「迷ってます。でもこっちに来て、徐々にイメージが固まっ
てきました。最後は……」

自分の拳同士を、がちんとぶつけ合わせた。

「自分で決めます」

「そうだな。俺みたいに後悔しないようにな」

「はい!」

「じゃあ、行くか」

「案内しますね」

「頼む。さや、行くぞ」

「はい」





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