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三年生編 第111話(6) [小説]

「長岡さんのお兄さんも、相当ぐだぐだだったような」

「まあね。社会経験がなければ仕方ないわ。それまで見て
いた世界がうんと狭いんだから」

「そっか」

「向こうで、現地の子供たちに勉強を教える補助教員を
やってるの。医大を目指してたくらいだから、頭はいいん
でしょ」

「そっかあ。すげえ」

わからないもんだなあ。
とても立ち直れそうにない雰囲気だったけど……。

「自分が持っている能力。それに気づいて、伸ばそう、活
かそうという発想に転換できれば、必ず生き方が陽転する
の。環境を変えるっていうのは文字通り転機なんだよね」

「うん。僕の場合も高校進学が立ち直りのきっかけだった
から、そうかも。じゃあ、こっちに帰ってくるんですか?」

「いや、帰らないって言ってる。親に見捨てられた傷は浅
くないわ。自分のことを道具だとしか思わない人のところ
には戻りたくないでしょ。現地スタッフとはとても仲良く
やってるし、向こうに骨を埋める覚悟なんじゃないかな」

「すごいなあ」

「彼は寄生虫なんかじゃなかったからね」

伯母さんが、ふっと小さな溜息をついた。

「則弘さんのケースは彼よりずっと難しいの。彼は、自分
の能力を活かすという発想を一度もしたことがないんで
しょ。いつも他人からバカにされ、役立たずと蔑まれ、自
我をぎりぎりまで切り詰めて自分を小さくすることで、寄
生虫に擬態してきたの」

「擬態……かあ」

「そう。自分は役立たずだけど小さくて従順ですから、
どっかに置いといてくださいってね」

「擬態できてないですよね」

けっ。伯母さんが吐き捨てた。

「寄生虫に擬態する意味がどこにあるの?」

「そりゃそうだ」

「則弘さんが破滅的な勘違いをどうにかしない限り、結局
いつかは野垂れ死によ」

「うーん……」

話を元に戻す。

「で、伯母さんが隔離って言いましたけど、僕らにできる
んですか?」

「いつきくんたちには無理よ。私がやったげるわ」

「げ」

「簡単よ。長岡さんのケースと同じだからね」

「じゃあ、同じようにボランティアの補助ですか?」

「まーさーかー」

けっけっけっ。伯母さんがからからと嘲笑した。

「長岡さんのようにアタマがいいわけじゃない。体力もや
る気も倫理観も社会常識もどん底。肝心の自我すらまとも
に残っていない。そんな彼に何の取り柄があるっていう
の?」

「う……」

「アリのように働いてもらうわ。斃(たお)れたらすぐ他
の人で代えが効く単純労働者。体を動かしている限り食
いっぱぐれる心配はないけれど、楽しみも何もない、そう
いう仕事よ。それも、日本語の通じない海外の、ね」

「げ……」

「国内はダメよ。彼は逃げることだけ覚えてしまってる。
必ずどこかに逃げ込める場所がある……そう言って放浪を
続けてきたんでしょ」

「逃げ場所はもうないですよね」

「ないわ。でも、則弘さんは実家に逃げこむつもりよ。そ
うされたら全員共倒れになる。絶対に回避しないと」

「はい!」


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