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三年生編 第91話(2) [小説]

で。
昼休みに、僕としゃらそろって職員室呼び出しになった。
えびちゃんが、腕組みしてシブーい表情。

「あのね。事情は分かったけど、みんなすっごくぴりぴりし
てるんだから、きっちりTPOを考えないとダメよ」

うう。確かにそうっす。その通りっす。
しゃらもべっこりへこんでる。

「は……い」

「自分の親とかならともかくご近所の方でしょ? みんなは
そういう事情が分かんないんだから、うかつなことは口にし
ない。もし、あなた方の同年代の人の出産てことだったら、
あなたたちの交友関係を悪く勘ぐられる。気をつけてね」

ううう、確かにそう。
えびちゃんのお説教はまだ続いた。

「あのね、御園さん。学校が推薦を出す場合、素行面の評価
にはすごく気を遣うの。この子はしっかりしてます、大丈夫
ですって推薦出して、進学後に化けの皮剥がれたんじゃ学校
の面目丸つぶれなの。その後、こっちの推薦を信用してもら
えなくなる」

「う」

「そういうところ……甘く見ないでね」

「はい。ごめんなさい」

「わたしもこんなことは言いたくないんだけど、まだ学校の
中が不安定なんだから、それを忘れないで」

ふう……全くえびちゃんの言う通りだ。
僕もしゃらもいろいろ抱えてたから、どっかにはけ口が欲し
かったってのもあるんだよね。

「これからは気をつけます」

「お願いね」

「はい。すみませんでした」

しゃらと二人並んで、頭を下げて謝った。


           −=*=−


「失敗したー」

「うん、浮かれすぎたね」

「しゃあないよ。ここんとこいろいろあって、僕もしゃらも
結構キてたから」

「はあ……早く落ち着きたいけどなー」

学校帰りに、会長の出産祝いの相談をしようってことでしゃ
らのアパートに寄った。

本当ならもっと盛り上がってるはずだったんだけど、さすが
にえびちゃんの爆撃は効いた。
二人揃って爆沈。

まあ、会長のお子さん誕生のことは、会長が退院してからま
たゆっくり考えればいいよね。
ちょっと落ち着こう。

「ねえ、しゃら」

「なに?」

「お店の方はだいぶ工事が進んだみたいだけど、予定通り?」

どよっていたしゃらの顔が、ぱあっと明るくなった。

「うん! 今のところ予定通りに進んでる。もう外装終わっ
て、内装に入ってるの」

「おおお、順調じゃん!」

「先にお店の方の体裁を整えて、最後に住居の方になるか
ら、本当にここに住むんだなあって感じになるのはぎりぎり
だけどね」

「ふうん……もう中とか、見た?」

「見た見た! こんな広い、きれいなとこに住めるんかな
あって、まだ信じられない」

「わはははっ!」

「いっきの時はどうだったん?」

「父さんから写真は見せてもらってたけど、引っ越すまで自
分の部屋がどんな感じなのかは分かんなかったんだ」

「ええー!?」

しゃらがびっくりしてる。

「そんなもんだよ。注文住宅じゃなくて、建て売りを買った
からね」

「そうなんだあ」

「だから、お隣の鈴木さんとこと全く同じ作りなの。完全に
注文で作ってる会長のところとは、だいぶ雰囲気が違う」

「なるほどなあ……」

「それでも」

僕は、あの時のことを今でも鮮明に思い出せる。

「初めて僕だけの空間が出来る。それは。すっごく楽しみ
だったよ」

「だよねー」

しゃらが目を細めて天井を見上げた。




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三年生編 第91話(1) [小説]

8月31日(月曜日)

会長のお産は、これまでの出産では一番軽かったそうだ。
病院に行って、六時間で分娩室へ。
そのあと二時間で、無事に男の子を出産。

やっぱり男の子だったかあ。
これまでのことがあるから、ご主人もほっとしたんじゃない
かな。

名前も生まれる前にもう用意してあったみたいで、病院から
メールで連絡が来た。

『ご心配をおかけしました。おかげさまで無事男の子が生ま
れました。母子共に健康です。息子の名前は司(つかさ)。
波斗司です。いろいろお手伝いいただき、本当にありがとう
ございます。取り急ぎお礼まで。 波斗 栄』

司くん、かあ。
ご主人が一文字だから、それで揃えたんだな。
栄、進、司、かあ。かっちょいいじゃん。

その名前を、白紙にマジックで大きく書いて。
それを枕元に置いて、幸せな気分で眠りについた。


           −=*=−


「うおっしゃああっ!」

気分は最高!
まだ全体にどよっている教室の中で、やたらにリキが入って
いた僕は浮いていたかもしれない。

会長のお子さん誕生は、いい区切りになる。
八月の最後の最後に、素晴らしい神様からの贈り物だ。
八月いっぱいずるずる引きずってたもやもやは、ここですっ
ぱり切り捨てることにしよう。

当然のことながら、僕以上にしゃらのテンションがむっちゃ
高い。

「ねえねえねえねえ、いっきー!」

「うん?」

「ここまで順調じゃん!」

「だな。ごっつうれしいわ。五条さんとこの千広ちゃん、光
輪さんとこの睦美ちゃん、会長んとこの司くん。みんな安産」

「だよねえ! 次は宇戸野さんとこかー!」

「片桐先輩のご両親のとこと、どっちが先だったかなあ」

「あ、そっちもあったんだ」

「んだ。まあ、めでたいことだから、どっちが先でもいいけ
ど」

「今度は忘れないようにね!」

ぎろっ!
がっつり睨まれた。

ううう、しゃらが把握してるんなら、僕にちゃんとショート
ノーティス出してよう。
てか、高校で朝のホームルーム前にする話題じゃないと思う
の。周囲の視線が、痛いわ痛いわ。

「うふうふ。出産祝いなんにしようかなあ」

「あ、それも考えないとだめだな」

「あとで打ち合わせしよ」

「うい」

えびちゃんが、僕らをちらちら見ながら教室に入ってきた。

「きりーつ!」

「礼!」

「おはようございます!」





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