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三年生編 第81話(2) [小説]

久しぶりに入った伯母さんの家。
なんか……少し雰囲気に変化が。
あ、そうか。会長のところと似てるんだ。
小さな赤ちゃんがいる雰囲気。

「弓削さん、赤ちゃんも連れてったんですか?」

「もちろん。赤ちゃんから引き離すと、途端に不安定になる
からね」

「まだ補助輪は外せないってことですね」

「無理無理。やっと自分のことを指図なしで自力でこなせる
ようになってきた。そのレベルよ」

「うわ……」

「それでも、ここには命令者や過度に干渉する人が誰もいな
い。そして放置されることもない。自我がうんと乏しくても、
同居人との距離が調整しやすいの」

「分かりますー」

「まだ少しだけど、わがままが出てくるようになった。妹尾
さんはそれをずっと待ってたの。自発意思が見えないと、カ
ウンセリングが全然進まないから」

「妹尾さんにとっては、経験したことのない難しい事案なん
でしょうね」

「そう見えるでしょ?」

「はい。違うんですか?」

「違う。意外に多い事案なんだってさ」

「えええーーっ!?」

びっくり仰天。

「あはは! いつきくんの昔のことを考えてみたら分かるで
しょ」

「あっ!!」

そっか。そうだ。確かにそうだ。

「自分の意見や感情を出せない。出しても理解してもらえな
いと思っちゃうし、周りはみんな敵だらけ。誰も助けてくれ
ない……ってことか」

「その通り」

伯母さんが、ぐいっと腕を組んだ。

「オトナの世界だってそうなんだよ。どこにでも、掃いて捨
てるくらいにハラスメントの事案がある」

「ハラスメントかあ」

「圧力かける方に、いつも悪意があるわけじゃないんだけど
ね。それでも、意思や感情のアンバランスに気付かない俺様
は、世の中にいっぱいいるの。そいつらが、歪んだ支配関係
を作っちゃう」

「そっか……」

「順番からしたら、抑圧されてた方に押し返せって言うのは
無理よ。それが出来たら『壊されない』んだから」

「……。本当にそうですね」

「でしょ? まず俺様を叩くかどかすかして上を空けて、そ
れから被圧者のケアなんだよね」

「大変だあ」

「まあ、それでも大人同士のトラブルの場合は、事例も多い
しマニュアルもある。弓削さんの場合は、そこが……ね」

「ですよね」

「ゆっくりやるしかない。子供を育てるのと同じよ」

伯母さんは、そう言って頬を緩めた。
弓削さんが来たばかりの時の、ぴりぴりした緊張感が薄れた
感じ。
弓削さんだけでなくて、伯母さんも慣れてきたんだろうな。



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三年生編 第81話(1) [小説]

8月16日(日曜日)

辛い……。

僕も実生も、勘助おじさんの通夜告別式にはどうしても出た
かった。最後のお別れをしたかった。
でも喪主の信高おじちゃんは、錯乱状態のさゆりんを僕らに
絶対会わせたくなかったらしい。
それは……もっともだと思う。

僕や実生だけでなく、同居している健ちゃん以外の孫や斎藤
の方の若い人たちは誰も式に出られなかった。

お葬式はごく少数の大人の近親者だけで質素に。
ごたごたが落ち着いてから、みんなで盛大に偲ぶ会をしよう。
そういうことに……なったらしい。

母さんですら出られなかったんだから僕らは何も言えない。
父さんもお通夜だけ出席して、その後すぐに帰ってくるって
言ってた。
父さんがそうしたいっていうことじゃない。信高おじちゃん
の負担を考えたんだろう。

だから僕は、勘助おじさんの思い出を辿りながら自分の部屋
で冥福を祈ることしか出来なかった。

お盆に旅立ってしまうなんて……なあ。
でも、いかにも勘助おじさんらしいなとも思った。

命日がお盆なら、誰もその日を忘れない。
きっとみんな集まってくれるだろう。
大勢でわいわいが好きだった勘助おじさんらしいし、みんな
もきっとそう考えると思う。

「ふうっ……」

家の中でずっと塞ぎ込んでるのはしんどかったし、机に向かっ
ても勉強に身が入りそうになかった。

外で気分転換すっかな。

朝からずっとドアが閉まったままの実生の部屋にちらっと目
をやって、ゆっくりとリビングに降りた。

「おはよー」

「ああ、いっちゃん。おはよう。実生は?」

「まだ……泣いてるんちゃうかな」

「そうね」

母さんも夜通しずっと泣いてたんだろう。目がぱんぱんに腫
れ上がっていた。

「母さん、今日はシフトは?」

「午後から」

「行くの?」

「行く。今、家にいるとしんどいの」

「そうだよね。僕も朝ご飯食べた後で、気分転換で外に出る
わ」

「分かった。実生が起きてきたら、あの子にもそう言っとく」

いつもなら突っ込み合いになる会話が、味気ない短いやり取
りにしか膨らまない。
僕が嫌で嫌でしょうがなかった、中学の時の家の中のクウキ
と同じだ。

でも……今はしょうがない。
僕ら家族の誰に取っても大きな存在だった、勘助おじさんて
いう大きな星が堕ちたんだ。
だから……今はしょうがない。

「いっちゃん、昼はどうするの?」

「外で食べてくるわ。しゃらのところも様子を見に行きたい
し」

「そうね。じゃあ、準備はしないわよ」

「うん。実生もご飯は自力でなんとかするだろ」

食欲はなかったけど、なんとかトーストを一枚だけやっつけ
て、逃げるように家を出た。

「行ってくる」

「気をつけてね」

「うい」


           −=*=−


と。
家を出たまではよかったんだけど、なんぼなんでも時間が早
すぎた。

「まだ九時前だもんなあ」

喫茶店とかだけじゃなくて、スーパーも含めてお店系がまだ
どこも開いてない。どうすべ。

私服だから街中には出られないし。うーん……。
蛇腹ゲートを出たところでどうしようか考え込んでたら、伯
母さんちのドアが開いて、伯母さんがひょいと顔を出した。

「あ。おはようございますー」

「おはよう、いつきくん。出かけるの?」

「そのつもりだったんですけど、さすがにちょっと時間が早
すぎでした。どうしようかなあ」

「暇潰し?」

「受験生がそんなことじゃまずいと思うんですけど、今家ん
中がお通夜状態で……」

「ちょっと! 何かあったの?」

伯母さんが、心配そうにサンダル履きのまま玄関から飛び出
してきた。

「昨日、父方の大叔父が亡くなったんです」

「……」

「父がお葬式に行ってますけど、僕らは出席出来ないんで、
ちょっと滅入ってて」

「ふうん……」

くるっと後ろを振り向いた伯母さんが、僕をひょいひょいと
手招きした。

「中で聞かせて」

「え? 弓削さんは……大丈夫なんすか?」

「彼女は恩納さんに付き添われて、早朝からカウンセリング
に行ってるの。りんちゃんと伴野さんはバイト」

「あれ? 妹尾さんが付いてるんじゃ」

「うん。彼女は本当に献身的にやってくれてる。優秀だね。
でも今後のことを考えるなら、行政とのすり合わせもやっと
かないとならないんだ」

「あ、そうかあ。学校とか、就職とか……」

「そう。それは市や県の福祉課の人たちとしっかり連携しな
いとね」

「なるほどー」

「会議の時、あのろくでなし主事の他に二人いたでしょ?」

「まだ若い、女性の職員さんでしたよね」

「そう。あの二人はクソ親父よりずっとまとも。ちゃんと手
を尽くしてくれてる。市が指定したソーシャルワーカーさん
との定期的な面談を組んで、弓削さんのリハビリの進捗をき
ちんと見てくれてるの」

「そっかあ、よかったー」

最悪の状態からは少し浮上したんだろうな。
僕自身は何も出来なかったから、本当にほっとする。




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