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三年生編 第80話(4) [小説]

滝乃ちゃんが、実生の肩を抱いてぐいっと引き寄せた。

「ねえ、みおっぺ」

「うん?」

「そのガッツさ。日和にも分けたげて」

「あはは。出来るかなあ」

「ジジツだけでいいよ。みおっぺががんばって、ちゃんと志
望校に合格したっていうジジツ。日和は、それ見てきっと思
うでしょ」

「なんて?」

「負けたくないって」

滝乃ちゃんがふうっと細く息を漏らした。

「あたしや姉貴は近すぎてね。どうしても日和のコンプレッ
クスを刺激しちゃうみたいなの。自分はお姉ちゃんたちみた
いに出来よくないからって」

「そっかあ……」

「今度、日和に電話してあげて」

「分かったー。うまく話せるかどうか分かんないけど」

「いや、姉妹よりゆるくて、友だちほど遠くないっていうの
は意外にいけるんちゃうかなーと思う」

「なるほどな」

健ちゃんも、うんうんと頷いた。

「さゆりが落ち着いたら、いつきと二人で泊まりに来てくれ
よ。そん時には滝乃ちゃんにも声掛ける。お盆じゃないと集
まれないってわけでもないよな」

「うん。そうだね」

「わあい!」

滝乃ちゃんが無邪気に喜んだ。

「まあ、ガキの頃のようなわけには行かねえけどよ。今みた
いにああでもねえこうでもねえって話すれば、お互いほっと
するだろ」

「んだね」

「うん!」

「あとは……じいちゃんがなんとか持ち直してくれればなあ」

健ちゃんは、深刻な表情で話し合ってる大人たちの方をじっ
と見据えた。

そうなんだよね。
こればかりは僕らの力ではどうにもならない。
僕らは、祈ることしか出来ないんだ。

一度水面近くまで浮き上がった僕らの雰囲気が、再び水底に
じわっと沈んでいく。
滝乃ちゃんが、それを嫌気するようにすぱっと話題を変えた。

「ねえ、いつきー」

「なに?」

「あんたさー、まだカノジョと続いてるの?」

「続いてるよ」

「ちぇー」

「まあ……いろいろあったけどね。そして、今もあるけどね」

「なに、もめてんの?」

「いや、仲良くやってるよ。でも……」

「うん?」

「あいつんとこは、今家族がトラブルを抱えてんだよ」

「ええっ?」

「お母さんが難病になって、疫病神の兄貴が舞い戻ってきた」

「げ……」

「まだ嵐は続いてるんだよ。それは絶対に」

右拳を固めて、ジャブを出す。
ひゅっ!

「乗り切る!」

「かっけー」

滝乃ちゃんが、ぷうっと膨れた。

「いいなー。わたしもいつきみたいなカレシ探そうっと」

「だははははっ!」

健ちゃんがからっと笑った。

「まあ、がんばってくで」

「ひとごとみたいにー」

「俺は、まだ自分のことで精一杯だよ」

拳で自分の頭をがんがん殴った健ちゃんは、おじさんの方に
目を向けた。

「今まで……俺は俺のしたいようにしてきたけどよ。でも、
メシ食わしてくれてるのは親父なんだよな」

「うん」

「そこを抜けてからじゃねえと何も偉そうなことは言えねえ
し、本気で人に手ぇ出せないんだ」

おおらかでがらっぱちに見える健ちゃん。
でも、中身はものすごく硬派なんだ。
頑固で妥協しないところは、間違いなくおじちゃんの血なん
だろうな。

「健ちゃんは、進路は路線変更なし?」

「変えてない。技専」

「そっか……」

「出てすぐメシが食えるように、がっつり突っ込むさ。そう
じゃねえとさゆりのケツを叩けねえ」

うん。抱え込むだけがケアじゃないよな。

ずっと健ちゃんの金魚のうんちだったさゆりん。
でも、背中の後ろに隠れてるだけじゃだめなんだよ。
兄貴が何に挑んでいるか。そうするためには何が要るか。
健ちゃんは、そういう姿を見て欲しいって思ってるんだろう。

「そうすっと、一番爆裂してるのは菊花ちゃんてことかあ」

速攻で、滝乃ちゃんが般若顔になった。

「爆裂し過ぎ!」

「え?」

「浮かれちゃってさ! オトコをとっかえひっかえ! おば
あちゃんの血圧高くしたのはあいつじゃ、ばかたれえっ!」

あーあ。
まあ、ずっとカレシ欲しがってたし、分からないでもないけ
どね。

「それで、ひよりんがドツボったかあ」

「ったく!」

でも、健ちゃんはつらっと突き放した。

「親が口挟めんのは、高校までだろ。あとは自己責任さ」

「だな」

同意。僕もそう思う。

「まあ、いろいろやってみないと分からんよ。そのやり方に
は、たとえ兄弟でも口を出せない。俺はそう思ってる」

「さゆりんにもそう言うの?」

滝乃ちゃんがじと目。

「最初からずーっと言ってる。俺は俺のやりたいようにやっ
てるから、おまえもおまえのやりたいようにやれってな」

「うー」

「でも、ガキのうちはなかなかうまくいかないんだよ。それ
だけさ」



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三年生編 第80話(3) [小説]

「たった一年の間に、いろいろ変わっちゃったって……こと
か」

「いや」

健ちゃんが、僕の見方を強く否定した。

「急に変わったんじゃねえさ。前から……いろいろあったん
だ。うちもそうさ」

「……」

「いつきやみおっぺがしんどい思いしてる時に、ここでそ
れぇ出さなかったろ?」

「うん。あ、そうかあ……」

「たまに顔合わす相手に暗い顔見せたくないって、そういう
のもあったんだろ」

「うん……」

はあっと大きな溜息を畳の上に転がして、健ちゃんが忌々し
げに首を振る。

「一番しんどそうだったいつきとみおっぺが、いっちゃんマ
シになったってことか」

思わず苦笑い。

「健ちゃん、それは違うよ」

「え?」

「僕らは、たまたま運が良かっただけさ。僕も実生も、去年
から今年にかけて大嵐だったんだ」

「どういうこと?」

滝乃ちゃんがぐいっと首を突っ込んできた。

「実生のは受験だよ。ゆるゆるのはずのうちの高校。今年は
倍率が三倍以上だったんだ」

「げえええええええええっ!!」

健ちゃんと滝乃ちゃんがのけぞった。

「うっそお! 進学高っていうならともかく……」

「いろいろあってね。市内の高校の統廃合のあおりで、うち
だけが割り食ったんだ」

「よく受かったな」

「実生は、必死に追い込んだからね。それでも結果はアウト
だったの」

「うそお!」

滝乃ちゃんの顔が引きつった。

「でも合格者の三分の一近くが辞退。私立の上位校の滑り止
めでうちを受けてた子が多かったんだ。補欠からの繰上げ合
格で、セーフさ」

「そんなこと、あるんだね」

「最初っから分かってたことじゃないからさ。地獄から天国
だったよな」

「うん。寿命が何センチか縮んだー」

「いつきの方は?」

「三年になって早々に、校長と正面衝突したんだよ。負けた
ら退学さ」

しーん。

「なに……やったん?」

「校長が、僕と生徒会長をピンポイントに潰しにかかったん
だよ」

「そんな、睨まれるようなことをやったんか?」

「やったのは校長さ。試験制度や校則をがっちゃがちゃにい
じったんだ。僕らはそれに文句を言ったんじゃない。校長に
情報提供して、交通整理を手伝ったつもりだった」

「じゃあ……」

「それを逆恨みされたの」

「ひでえ」

「うわ」

「生徒への個人攻撃なんか論外だよ! 時間がなかったけど、
生徒会、部長会、先生たち、全員に根回しして、校長とサシ
でぶつかれる条件を揃えて、がちでやりあったんだ」

「どうなったの?」

滝乃ちゃんが心配そうに確かめる。

「校長は全部ぶん投げて辞職。僕は喧嘩両成敗で三日間の停
学」

「あ、三日で済んだんだ」

「運良くね。もし校長が強権発動してたら、良くて無期停、
下手すりゃ退学だよ」

ごくり。健ちゃんと滝乃ちゃんが唾を飲み込む音がした。

「や……べえ」

ふう……。

「僕も実生も、最初から勝ち目がないと思ったら、負けてた
よ。でも、僕らはこれまでの失敗をどうしても繰り返したく
なかったんだ!」

「うん。そうなの」

実生も大きく頷いた。

「だって、今度のは自分ががんばれば乗り越えられるんだも
ん。言い訳したくなかったの」

「そっかあ……」





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