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三年生編 第79話(6) [小説]

部屋で延長戦を始めてすぐ。
机の上に乗せてあった携帯がぶるった。

「あれ? しゃらかな?」

いや、違う。
この番号は……。

「健ちゃん?」

「おう。いつき。この前は済まんかったな」

「いや……ずっと気になってたんだけどさ。さゆりんは落ち
着いた?」

「一応な」

一応……か。

その後、健ちゃんはしばらく沈黙を守った。
僕は、探りを入れずにじっと健ちゃんが口を開くのを待った。

勘助おじさんのこともさゆりんのことも、健ちゃんに出来る
アクションはうんと限られてる。
どんなに健ちゃん自身がじりじりしてても、だ。

何も出来ないことが悔しい、情けない、我慢出来ない。
その気持ちはよーく分かる。
でも健ちゃんに出来ないことは、僕にはもっと出来ない。
僕は、健ちゃんが愚痴や弱音を吐いた時にそれを聞いてあげ
るくらいで精一杯なんだ。

しばらく続いた沈黙は、健ちゃんのふうっという吐息で破ら
れた。

「なんか……」

「うん」

「いつきやみおっぺががたがたしてる時に、大変だなーって
他人事みたいに見てたけどよ」

「うん」

「自分ちのことになると、しゃれになんねえな」

「そうなんだよね……」

ふう……。

「でも、嵐は過ぎるよ。必ず」

「そう?」

「そう。うちも過ぎたから。もちろん、無傷っていうわけに
はいかなかったけど。それでも、ね」

「ん……」

「健ちゃんとこも、うち以上に家族の結束強いじゃん。大丈
夫だよ」

「けど、親父とさゆりんがなあ。じいちゃんの仲裁はもうあ
てに出来ないし」

「心配ないと思うよ」

「そうかあ?」

「うん。さゆりん、家を出て初めて、家ってどういうところ
かが分かったと思う。それも分からんくらい本気で崩れてた
ら、どんなに勘助おじちゃんが危篤だって言っても絶対に帰
らないよ」

「ああ」

「それはおじちゃんもそうでしょ。家族のピースが欠けるっ
て、半端なくしんどい。健ちゃんだってそうでしょ?」

「そうだな」

「だから大丈夫だよ」

ふっと、健ちゃんの苦笑の音が漏れてきた。

「でも、うちはいつきんとこより激しいからなあ」

「その分、お互いに気持ちが分かりやすいでしょ」

「分かりやすい……か」

「そう。うちは、四人が四人、お互いの傷に触らないように
猫被ってたんだよ。いじめられることよりも、そういう腫れ
物扱いが息苦しくて、ほんとに嫌だったんだ」

「……なるほど。分かんないもんだな」

「まあね。ここに越してきたことがきっかけになって、全員
リセットがかかった。そうでなかったら、家族全員アウト
さ。潰れてたよ」

「げ……」

「一番窒息しそうだった僕が、苦しくて一番最初に激しくも
がいたんだ。だから、そこに息が出来る場所が出来た」

「ふうん」

「そんなもんだと思う」

「いつきんとこは、今はうまく行ってんだろ?」

「今は、ね」

「何か、あんの?」

「来年、僕は家を出る」

「あ!」

「そう。進学予定の大学は、家から通うのがしんどいんだ。
下宿する予定なんだよ」

「そっか……」

「家族四人でがっちり組んできたスクラムが初めて崩れる。
でも、それをこなさないとさ」

ふうっ。健ちゃんのでっかい吐息。

「どこもいろいろあるってことか」

「変わらないでずっと同じってのはありえないさ」

「だな」

「だからって、変化を難なくクリアするってわけにもいかな
いよ。よたよたしながら、それでも結果オーライで行くしか
ないんだろなあと思う」

「おう」

「お盆は、墓参りに行くんでしょ?」

「行く。その時にまた話そうぜ」

「そうしよう」

「みおっぺは?」

「一緒に行くよ」

「わあた。楽しみにしてる」

「抱え込まないようにね」

「さんくす。ほいじゃ」

「へーい」

ぴ。




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三年生編 第79話(5) [小説]

でかい買い物袋を二つぶら下げ、寿庵で和菓子の詰め合わせ
を買って、しゃらのいるアパートに向かった。

ぴんぽーん!

呼び鈴を押したら、しゃらがぶっ飛んできた。

「わあい! 暑かったでしょ?」

「しゃれにならんわ。ぎんぎらぎん」

「上がってー」

「いや、ちょい買い物帰りなんで、顔出しだけ」

「ぶー」

「まあ、寿庵のおいしいお菓子でも食べてくで」

「あ、ありがとー! 新作出てた?」

「んにゃ。盆菓子の対応がめっちゃハードみたいで、中村さ
んも長岡さんも燃え尽きてたわ」

「うわあ……」

「まあ、稼ぎ時だもんなあ」

「だよねー。葛桜はまだ出すのかなあ」

「八月いっぱいは作るってさ」

じゅるっ。
にへっと笑ったしゃらが生唾を飲み込んだ。

「じゃあ、これで。お母さんに無理しないでくださいねって
伝えて」

「うん……」

「まだ、しんどそう?」

「退院はしたけど、本当はまだ動ける状態じゃないんだよね」

「そっか……。とりあえず絶対安静だね。買い物とか、遠慮
なく声かけて。届けるから」

「うん! すっごい助かる」

「15日はお盆で一日家を空けるけど、それ以外はずっと部
屋にいるから、連絡して。メールでも直電でもいい」

「分かったー。ありがとー」

「じゃあ、お大事にねー」

「またねー」

名残惜しそうに、しゃらがドアをそっと閉めた。
いつもなら僕らの話し声を聞きつけてすぐ顔を出すはずのお
母さんが、床を離れられないってこと。

体調が本当に良くないんだろう。

「しばらく綱渡りが続く……な」


           −=*=−


家に戻って、母さんに食材を渡してしゃらのお母さんの容体
を伝える。

「しばらくサポートが要りそうね」

「うん。合宿を前半に持ってきてよかったわ。夏休みの後半
は密着する」

「それがいいね。御園さんの方の受験勉強は?」

「あいつ、お母さんのこともあるから推薦狙いに切り替えた
んだ」

「あ、そうか。それなら早くに結果が分かるから、お母様の
看護もしやすくなるってことね」

「そう。定期試験の結果が重要になるから、その時に集中し
てサポートする」

「なるほどなあ。いっちゃんが高望みしないっていうのは、
そういうのも入ってるってことか……」

さすが、母さん。
すぐに気付いてくれた。

「僕はまだいいさ。母さんも父さんも元気で、持病とかない
から。でも、しゃらは進学、就職しても、お母さんの看護が
ある限り家から出られないでしょ」

「……」

「だから僕のこれからは、それをベースに組み立てたい」

にっ!
母さんが、顔をくしゃくしゃにして笑った。

「成長に伴って、いろんな顔が出てくる。見えてくる。思い
がけない顔にびっくりさせられることがあるけどさ。でも、
いっちゃんが小さい時から、ずっと変わらないものがあるね」

「そう?」

「そう。いっちゃんは優しい。そこらへんは、お父さんに似
たね。優しすぎて自分を削っちゃって、それがなんだかなあ
と思うこともあったけど」

「うん」

「でも、それがいっちゃんよ。何があっても最後まで残る財
産でしょ。大事にしなさい」

変えたい自分がある。
でも、それ以上に変えたくない自分がある。
僕は……それを高校を出るまでにゆっくり考えることにしよ
う。受験とは別にね。

「じゃあ。部屋で延長戦やるから、晩ご飯出来たら声かけて」

「ほいほい」





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