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三年生編 第79話(4) [小説]

話が重くなり過ぎるのを嫌気したんだろう。
行長さんがさっと話を変えた。

「工藤さんは、進学先はもう固めたんですか?」

「固めました」

「へえー。どっち系?」

「生物です。県立大の生物学部。バイオをやるつもりです」

「え?」

行長さんは、目をまん丸くして驚いてる。
ぐひひ。

「なんか……イメージが」

「あはは。みんなにそう言われてます。でも」

「うん」

「自分が何も知らない、真っ白のところからやりたいんで
す」

「ははあ。なるほどね。ユニークだなあ」

「バイオにすごく興味があるからってわけでもないんですけ
どね……」

「へー」

「生態学とか、本当に僕がおもしろそうだなあと思ってると
ころに突っ込んじゃうと、他のものを入れる場所がなくなる
ような気がするんです」

「他のもの……か」

「はい。僕がいろんなことをさくさく割り切れる性格ならい
いんですけどね」

「うん。抱え込んじゃうんでしょ?」

「そうです。それが必然でも偶然でも」

「そっかあ」

「それなら、付き合う相手と最初から最後まで距離を取れる
方がいいかなあと思って」

行長さんが苦笑した。

「まあ、いろんな選択があるよね」

「そうですね。行長さんはどうだったんですか?」

「ああ、僕は食ってくのが最優先。最初から公務員志望だっ
たし、司書を目指したのは専門職で異動が少ないから」

すげえ。きっちり計算してる。

「そうしないと、親父との距離を確保してなおかつ家を壊さ
ないっていうポジションを、うまく確保出来なかったんです」

「ぐええ。えぐいー」

「わはは。まあ、そんなもんです。でも、自分ではベストの
選択だと思ってるし、後悔はないかな」

「そっかあ。先生の方はどうだったんですかね?」

「みさも同じようなものかな。公務員はガラス張り。しかも
学生を教える以上、指導力だけじゃなくて規律の順守や公平
性が要求されるでしょ?」

「はい」

「なんでもありの親との間にきっちり距離を確保するには、
堅い職に就くしかないから」

「なるほどなー」

「でも、みさにとって、教師ってのは自分の真っ直ぐな性格
を最大限に活かせる道です。天職でしょう」

「ですよね。僕もそう思います」

「ははは。まあ、いろいろあっても落ち着くところに落ち着
きますね」

行長さんは、からっと笑って話をまとめた。

「選択は、選ぶと選ばれるのバランス上にあります。自分で
何もかも選ぼうとすれば逆風が強くなるし、人に全部選ばれ
たら自由がなくなって窒息します。その隙間をちょろちょろ
抜けるのがいいかなーと」

「あははははっ! さすが行長さんだなー」

「そう?」

「はい。考え方が柔軟ていうか」

「いい加減なだけですよ」

さらっと言い流した行長さんが、レシートを持って席を立っ
た。

「昼休みが終わるから、ここまでにしましょう。ご両親によ
ろしくお伝えください」

「はーい。ごちそうさまでした。先生にもよろしくお伝えく
ださい」

「ほい」


           −=*=−


行長さん。

自分で言ってるほどいい加減な人じゃない。
すっごくいろんなことを考え合わせて、その中で最適解を探
そうとする人だと思う。

でも。
人を縛らない。人に縛られない。
自由人のように見えた穂積さんよりも、ずっと自由人なんだ。
だから一緒に話をしてると、本当にほっとする。

一意貫徹。
重光さんのように、誰からみてもはっきり分かる生き方を貫
くなら、押し通すことから来る軋轢や衝突を自力でこなさな
いとならない。
そうするには、膨大なエネルギーと鉄のような意思を要求さ
れるんだ。

僕は重光さんのような実直な生き方に憧れるけど、そう出来
るかと聞かれたら無理だと言わざるを得ない。
僕はまだ、捨てるものよりも取り込むものをずっと多くしな
いと自分を作れないんだ。

どんなに重光さんやしきねの生き方に羨望を覚えても、それ
は僕には『合ってない』。
それならば、常にベストを探って頭と体を使う行長さんの生
き方の方が、ずっと僕の参考になる。

そして。
生き方の形は違っても重光さんと行長さんに共通しているこ
とがある。
二人ともやると決めたらやる。人にとやかく言わせない。
それこそ、自分の人生なんだから自分でやる、なんだ。

難題にぶつかって足が止まるたびに、どこがいけなかったの
かを自己点検するのはかまわないんだろう。
でもそれでずるずる後退しちゃったら、いつまで経っても前
へ進めない。

僕の筋へのこだわりは、信念とか信条に基づいてない。すご
く底が浅いんだろう。自分や身内をどうやって守るかってと
こで止まっちゃってるんだ。
せっかくこだわるなら、もう少し大きな自分を創れるこだわ
りにしたいけどなあ……。

「ふう……」

図書館での勉強を終えて、スーパーで母さんに頼まれた買い
物をしている間、僕はずっと憂鬱だった。
でも、どんなにうんうん考えたところで、今僕の出来ること
は限られてる。

自分で決めて、それを実行すること。
それしか……ないよね。




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三年生編 第79話(3) [小説]

もともとひょうひょうとしててあまり感情が表に出ない行長
さんだけど、今はいろんなことが安定しているんだろう。
表情が本当に穏やかだった。

そりゃそうだよね。
糸井先生の方は、両親との関係が薄くなってプレッシャーが
ぐんと減った。
行長さんの方は、橘社長とお母さんが穂積さんのサポートに
動き出してる。

年明けくらいの一番ごたついてた頃に比べたら、今は本当に
落ち着いてるんだと思う。

「ねえねえ、行長さん。先生とはうまくやってます?」

「ははは。まあ、どこまでも直球のみさだからねえ。最初は
でこぼこありましたけどね」

「やぱし」

「でも、好きになった同士の結婚だからね。落ち着くところ
に落ち着きますよ」

「あはは。さすが行長さん」

「僕もみさも、親とのごたごたがかなり整理できた。そこが
一番楽になったかな」

「そっかあ。先生の方のご両親とは、まだ連絡が取れない状
態なんですか?」

「いや、みさは一応所在の把握はしてるみたい。でも、みさ
自身が突き放してるからね。これ以上わたしに迷惑かけない
でって」

だよなあ……。
あまり人のことを悪く言いたくないけど、あの二人はほんと
に外道だから。ぶつぶつ。

「うちの親は猛勉強中です。これまでの経験や知識なんか何
の役にも立たない。謙虚に一から勉強しないと、穂積のサ
ポートなんか絵に描いた餅に終わりますから」

「うわ……」

「でも来春の開院に向けて、今のところは順調に来てます。
これで穂積の受け皿が出来る」

「ふう。一歩前進になりますね」

「そう。ただ……」

ずっと穏やかに話をしていた行長さんの顔が、急に曇った。

「肝心の穂積の状態があんまり上向いてないんです。巴さん
からは、そういう報告を受けてます」

「ううう、そっかあ」

「無理もないよ。病的な逃げ癖は生まれつきだから、一朝一
夕には改善しない。その上、仕事、実家や家族、友人……み
んな失ってしまって、喪失感がひどいんだよね」

「うん。分かります」

「どこかに浮上のきっかけを与えられるキーマンが要るんだ
けど、両親にはまだそこまでのキャパはないし、穂積のこと
をよく知らない第三者には、その人がたとえプロでも担えな
いんです」

「え? どうしてですか?」

「信頼関係がうまく築けないから」

「あ、そうか。自分の中にこもってしまった穂積さんの中に
強引に入り込む必要があるけど、そうする人は穂積さんから
見て侵略者に見える……ってことですね」

「ほー、うまい表現だなあ」

「いじめられてた中学の時の僕が、まさにそうでしたから」

「……」

「一度閉じこもってしまうと、自分の親や妹ですら僕の中に
入れなくなるんですよ」

「なるほど……ね」

残っていたおかずをがさっと掻き込んだ行長さんが、箸をこ
とんと置いて目を瞑った。

「あいつのサポーターとして一番適格なのが、僕だっていう
のは分かってんだよね。でも、僕は兄貴に過ぎない。しかも、
みさと所帯を持ってるんです。あいつの人生を担う責任はも
う負えない」

「……」

「もし、半端に手を出して穂積に倒れ込まれたら、不幸の拡
大再生産をしてしまいますから」

「ですよね……」

「縁を切るつもりはないけど、穂積がちゃんと立ち直るまで
は徹底的に距離を置くしかないんです」

「それは、先生には?」

「もちろん伝えてあります。僕は優柔不断じゃない。あっち
もこっちもは出来ない」

行長さんは、きっぱり言い切った。
もちろん、喜んでそうするっていう話じゃない。
まさに断腸の思いだろうな……。





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