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三年生編 第78話(11) [小説]

涙涙の再会になるかと思いきや、それぞれにトラブルや課題
を抱えてて、そこが緩衝材になってたかもしれない。
僕としゃらは、そのまま進路絡みの話をずっとし続けた。

昼前に、どっかにお昼ご飯を食べに行こうかって揃って腰を
上げたら、いきなりノックなしでばたんとドアが開いた。

「あら」

意外なものを見たっていう感じで、母さんが僕としゃらを見
比べる。

「てっきり、ベッドで組んず解れつしてると思ったのに」

「ごるああああっ!!」

全く、油断も隙もない。

「てか、パートは?」

「帰ってこない方が良かった?」

ひりひりひり。

「どっちでもいいけどさ。でも、半日だけって珍しいじゃん」

「勘助さんのことがあるから、家を長時間無人に出来ないの」

「あ……そういうことかあ」

「緊急の連絡はお父さんの方に行くと思うけど、誰かがここ
に居て、いっちゃんたちに連絡を回さないとならないから」

「うん、そうだね」

ふうっ。一息ついた母さんが、寂しそうに呟いた。

「いい方の連絡が出来れば……それが一番なんだけどね」

「……」

母さんがそう言うってことは、決して楽観できない状況なん
だろう。
さっきえげつない突っ込みを入れたことなんか、忘れたみた
いに、母さんがしゃらにつらっと話しかけた。

「御園さんは、元気にしてた?」

「……はい。でも、うちもちょっとトラブってて」

「え?」

「母の調子が悪くて。短期間だけど、入院してました」

「あら!」

母さんが、血相を変えた。

「お母様の容体は?」

「ものすごく悪化したわけじゃないんですけど、前みたいに
はいろいろこなせなくなりそうです」

「お大事になさってね」

「はい。新居への引越しが済むまでは、絶対に無理させない
ようにしないと……」

「そうよ。それでなくても、引越しは体力使うから」

「はい」

「いっちゃんに差し入れさせるから、何かあったら遠慮なく
言ってね」

「ありがとうございます!」

これで母さんにも、僕らが再会で浮かれていなかったわけが
分かったと思う。

僕らは、ちゃんと努力してるよ。
まともに生きるための努力はしてるよ。
それでも、運命の歯車は回る。
必ずしも僕らの望まない方向に、僕らを動かしてしまう。

だからこそ!
これでいいとは思いたくない。
もう出来ることはないって思いたくない。

あと半年。
受験だけでなくて、僕らを取り巻く環境は大きく変わってい
くだろう。
やり残して後悔を残すよりは、きちんと行動を積み重ねて足
掻きたい。その全てが実を結ばなくても。それでも、ね。

「ああ、いっちゃん」

「なに?」

母さんが、僕の目の前にぐいっと指を突き出した。

「顔がじょりじょりになってるから、シェーバー買ってきな
さい。お金あげるから」

「げええ……やっぱかあ」

「まあ、しょうがないわ。それもオトナになるための通過儀
礼でしょ」

「あの……早くないですか?」

しゃらが、こわごわ僕の顔を覗き込む。

「いや、こんなもんじゃないかなー。どっちにしても、これ
からどんどんむっさくなっていくからね。御園さんも覚悟し
ないと」

「げー」

ちぇ。女の子はいいよなー。
男は、汚いとか、臭いとか、むさいとか、言われ放題やん。
ぶつぶつぶつ。

「じゃあ、買い物がてら、どっかで昼ご飯食べてくるわ」

「はいはい。御園さんも一緒でしょ?」

「はい! 帰りに食料品の買い出しして行きます」

「いっちゃんに持たせてね」

「ひいー」

「助かりますー」

くすくす笑いながら僕の腕を引っ張ったしゃらが、母さんに
ぺこっと頭を下げて部屋を出た。

「おじゃましましたー」

「またね。お母様に無理なさらないようにって伝えてね」

「はい!」




sarus.jpg
今日の花:サルスベリLagerstroemia indica




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