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三年生編 第111話(4) [小説]

「一文無し?」

「いや、それならまだわかるけど、払える分くらいのお金
は持ってたらしいの」

「はあ?」

「市場の中の店だから、タダで食べられると思ってたって
くだらない言い訳してっ!」

ありえんだろ。
これまでも、そこで食べたことあったんだろうし。

「そうか。確信犯だと思われて、警察に突き出されちゃっ
たんだ」

「そう。お母さんがショックで倒れちゃって」

しゃらの目に、見る見る涙が浮いた。
悲しいからじゃない。悔し涙。気持ちはよーくわかる。

しゃらは今、すごく強いストレスを抱えてる。
そりゃそうさ。
店は新装開店になったけど、借金は山盛りだし、病気のお
母さんの世話や家事もこなさなければならない。
自分の進学のこともある。

だからこそ少しでも明るい明日を想像したいし、そのため
に自分のできることには何でもトライしてる。
そのしゃらの必死の努力を、いかれぽんちの則弘さんが無
神経に踏んづけてるんだ。

何もしないくせに、迷惑だけかけ続ける疫病神。
あーあ……。

「そうだなあ」

僕は、あえてのんびり答えて間を取った。

「面倒見のいいタカと五条さんを怒らせたんだ。あの二人
以上にお兄さんを見てくれる人は誰もいないよ」

「うん」

「で」

「うん」

「タカが家からお兄さんを叩きだしたら、お兄さんはどこ
に来る?」

しゃらの顔が、怒りと恐怖で青ざめた。

「しゃらん家は、今いっぱいいっぱいだよね。寄生虫より
たちの悪いお兄さんを受け入れる余裕はこれっぽっちもな
い」

「当たり前よっ!」

「でも、警察沙汰になれば、身内が面倒見ろっていう話に
なっちゃうんだ。お兄さんの作戦は、そこでしょ」

「う」

しゃらは、則弘さんが見境なく食い逃げ事件を起こしたと
思ってたんだろう。そんなわきゃないよ。

「どうすれば……」

「アドバイザーが要る。五条さんよりもっと冷静に、僕ら
が取れる手段を教えてくれる人が」」

「そんな人、いる?」

「いるよ。巴伯母さんと森本先生さ。ただ、森本先生は未
成年専門。成人してるお兄さんへの対応策はまじめに考え
てくれないと思う」

「じゃあ……おばさまに?」

「巴伯母さんの力でなんとかしてくれって泣きつくわけ
じゃない。僕ら自身が未成年だからさ。僕らに足りない知
識や経験を教えてもらえば、何か手立てが探せるかもしれ
ないでしょ?」

「そっか。そうだね」

少しアタマが冷えたんだろう。
上目遣いでしゃらが僕の顔を見た。

「頼める?」

「すぐ連絡する。ここじゃ込み入った話をしにくいから、
僕の部屋で相談して、そのあと電話するから」

「助かる!」

「全部一人で抱え込まない方がいいよ。なんとかなるさ」

ほっとしたように肩を落としたしゃらが、俯いてぼそぼそ
謝った。

「ごめんね」

「いや、お互いさまでしょ。みんな、いろいろあるって」

「うん」

「明日は学校に来るんだろ?」

「行く。お母さんも少し落ち着いたし。まだがっくり来て
るみたいだけど」

「ったく、親不孝もいいとこだよな」

また頭に血が上り始めたんだろう。
ぎりっと歯を噛み鳴らしたしゃらが、力一杯マットレスを
殴りつけた。

ばすん!

「お兄ちゃんのばかたれえええっ!」


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