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三年生編 第110話(6) [小説]

ぼんぼろりん。
とほほ。

ジムでトレーニングしてるボクサーさんは、みんな気が良
くて熱心だった。
会長さんの雰囲気と教え方がうまいんだろうな。
僕が最初にこのジムと矢野さんに出会っていたら、また違
う高校生活になっていたかもしれない。

だけど。
その頃矢野さんは、まだ糸井夫婦に飼われてた。
僕は僕で、自分のことだけで精一杯だった。
きっと……祭りにはできなかったと思う。
こういうのも巡り合わせなんだよね。

帰り際、悪魔のことを矢野さんに聞いてみた。

「あの、矢野さん。校倉さんは実家に帰ったんですか?」

「いいや。あいつは、東京の別のジムに預けてある。女子
プロの育成をやってるところで、きっちり修行させる」

「そっかあ……」

表情を引き締めた矢野さんが、ふうっと大きく息をついた。

「ビルドアップを引き受けた以上、最後までケツを拭きた
かったんだがな。あいつは、俺への恐怖心が薄れた途端に
寄りかかってきやがった」

「あたた……」

思わずしゃがみ込んでしまった。

「やっぱ、かあ」

「しゃあないさ。あいつのは生まれ持っての依存癖だ。た
かだか半年か一年で根性が据わるなんてありえねえよ」

「ですよねえ」

「とりあえず自分の尻の拭き方を、最低限のところまでは
教えた。あとは、しんどくても一つ一つ鍛えて作っていく
しかない」

大丈夫かなあ。悪魔だからなあ。
僕が顔をしかめたのを見て、矢野さんが苦笑した。

「はっはっは! 一生のことだ。慌てるこたあないさ。婆
さんにもそう言った」

開いた手のひらにぱちんと右拳を当てた矢野さんが、見え
ない誰かに向かってひょいとジャブを出した。

「みんな同じなんだよ。一つも悩みのねえやつなんて誰も
いないって」

「ええ」

「悩みがあるから、祭りが楽しく感じられるのさ。それに
気づくまでは」

ひゅっ。
小さな風音に乗せるようにして、矢野さんが悪魔にエール
を送った。

「こつこつ準備するしかねえんだよ」


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