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三年生編 第95話(6) [小説]

「ただいまー」

「おかえり、いっちゃん。遅かったね」

「英語の勉強法を先生に相談してたから」

「ああ、そうだったんだ」

「実生は?」

「部屋で勉強してるよ」

「お、珍しい」

「一学期の数学で赤出しちゃったから、しゃれにならな
いってさ」

「そうなんだよなあ……まあ、来年はコース編成が変わる
から少し楽になると思うけどね」

「そう?」

「文系でしょ。理系科目はうんと少なくなるよ」

「そっかー。そういうところは、これまでより楽なのか」

「いや、これまでも二年の時の教科選択でかなり調整して
たけどね。それが最初からコースで固まる感じ」

「実生はほっとするでしょ」

「そう思う」

「ああ、そうだ。いっちゃん」

「なに?」

「週末に、滝乃ちゃんが日和ちゃん連れて遊びに来るって」

「……」

「いや?」

「まさか。お盆の時に話がもう出てたから」

「……何かあったの?」

「そう。さゆりちゃんの家出の話がもっと深刻だったか
ら、その時はさらっとスルーだったんだけどさ」

「……どっち?」

「ひよりんの方」

「どっち系?」

「菊花ちゃんロスでどつぼ」

僕も母さんも、同時に溜息をついた。はああ……。

「まあ、うちだっていろいろあったからね。偉そうなこと
は何も言えないよ」

「そうよね……」

工藤の方も斉藤の方も、みんなすごくタフな人ばかりだと
思ってた。
でも実際は、みんなタフな部分しか表に出してなかったん
だよな。僕は、わたしは、大丈夫だよって。

心を寄せ合える優しさ。それが多ければ多いほど、一方で
は困難を自力で乗り切るタフさが減っていっちゃうのかも
しれない。
さゆりんのへたれも、結局そこが原因だったし。

「まあ、あんま難しい話はしないで、愚痴聞くさ。そこか
らでしょ」

「あはは! そうね」

「あ、そうだ。母さん」

「なに?」

「玄関横のクレオメ。植えたの?」

「まーさーかー。前にプランターで仕立てたやつの種がこ
ぼれたみたいで、勝手に生えてきたの」

「へー」

「最初はクレピスかなんかなーと思ってたら、どんどんで
かくなってさー」

「わははははっ!」

「でも、横に広がるわけでもないし、咲き姿はかわいいか
ら、そのまま置いとく」

「うん。いいんちゃう? 涼しげだし」

リビングの窓から漏れる部屋の明かりを受けて、ふわっと
した花弁が闇の中に見え隠れしている。

威圧感のない、柔らかな印象の花冠。
それだけ見れば、クレオメがすごくタフな草だってことは
分からない。

それと同じで。
僕らも何から何までタフにする必要はないし、そうするこ
とも出来ない。
だけど、穏やかさや優しさ、緩さだけでは解決しないこと
が、誰にでもあるんだろう。

こぼれ種で増え、トゲで身を守っているクレオメのよう
に、逆境を跳ね返すタフさを備える必要があるんだろう。

「さて。晩ご飯食べたら部屋にこもるから」

「おっけー。夜食は?」

「いらない。食べたら眠くなるんだ」

「眠くならないメニューにするから大丈夫だよ」

「へ? そんなんあるの?」

「激辛」

ひりひりひり。そんなタフさは要らん!




cleom.jpg
今日の花:クレオメCleome hassleriana


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