SSブログ

三年生編 第95話(5) [小説]

えびちゃんと結構話し込んじゃった。

職員室を出て教室に戻ったら、もう明かりが消されてて、
中はしんと静まり返っていた。

ぱち。
教室の明かりをつけ、自分の席の椅子を引いて座る。
それから机に肘をついて、真っ暗になった教室の外に目を
やる。

「学園祭……かあ」

お祭りは、めんどくさいことを何もかも忘れて全力で楽し
みたい。
僕だけじゃなくて、多くの生徒はそう考えてるはずだ。

例えばさ。
学園祭の翌日に期末試験があったら、誰も学園祭なんかま
じめにやらないよ。それどころじゃないと思っちゃう。
しんどいことを乗り越えたあとに、そのうさを全部晴らせ
る楽しいことが待ってる……イベントの良さって結局そこ
だと思うんだよね。

で、三年生だけはどうしてもその順番を逆に出来ないんだ。

受験、進路、そして……卒業。

冷徹でしんどいハードルが目の前にどどんと立ってて、そ
れを飛び越えなさいって否応なしに尻を叩かれる。
イベントすらもハードルの一つになっちゃう……そういう
感覚。

三年前半を消化して、強く思ったことがある。

僕だけでなく、ぽんいちの生徒に共通してある雰囲気。
ゆるいだけじゃない。僕らには徹底的にタフさが足りない
んだ。

学校や先生の圧力に、噛み付き、吠えること。
それはタフさなんかじゃない。単なる条件反射だ。
外から加えられる圧力を受け入れ、消化した上で、それ以
上の果実を得ようとするのがタフだってことなんだ。

学園祭だってそうさ。
学校が用意してくれるのは、粗末な入れ物だけ。
おまえらには、これくらいでいいだろうって。

それに対して冗談じゃないって噛み付く暇があったら、僕
らならこうするんだっていう、もっとでかくてぎらぎらす
る企画を立てないとなんない。

そうするには、タフさが要る。

高校ってところは、勉強も大事だけど、本当はそのタフさ
を鍛える道場だったんじゃないかなって。
……思ったりする。

「お? 工藤。まだ残ってたんか」

「ああ、立水か。えびちゃんに進路指導で相談してた」

「お、そうか」

「立水は、まだ部活やってたん?」

胴着のままのしのしと教室に入ってきた立水が、汗臭さを
振りまきながら俺の真向かいにどすんと座った。

「十月の秋季大会前に引退さ。練習もそろそろ最後だ」

「ああ、そうかー」

「おまえんとこは?」

「三年の義務は一学期で全解除。あとは出来る範囲で協
力。まあ人数が人数だからね」

「すげえな。五十人越したんだろ?」

「ああ。七十人以上。ただ、三年の割合が結構多い。二年
が少ないから、ちょいバランスがな」

「贅沢だ」

「ははは!」

「ああ、そうだ。ロングホームルーム。助かった。ありが
とよ」

「ただこなすだけもつまらんと思ってさ」

「そうなんだよ。俺がぶち上げたんじゃ、余計盛り下がる」

分かってんじゃん。まあ……立水だからな。

「枠はどうすんの?」

「アタマを取りに行く。途中でやったんじゃ目立てん」

「そらそうだ。最後なんだし、派手にぶちかまそうぜ!」

にいっと笑った立水が席を立つなり、俺の背中を目一杯ど
やした。

ばしいっ!

いてて……。

「俺はぐだぐだやんのはごめんだ! 最後までばり全力で
行くぜ!」

「おうよ!」

「じゃな」

「ばい。また明日な」

「うす」

ご機嫌な立水が、のしのしと教室を出て行った。

「あいつも引退かあ……」

何にでも全力の単純熱血バカ。
あいつをそう見るやつは多いだろう。
でも、あいつはタフだ。不器用だけど、ものっそタフだ。
虚勢を張るんじゃなく、持っているエネルギーを容赦なく
ぶちまけて、しゃにむに外圧を押し返せる。

あいつの姿勢が極端に見えてしまうこと。
それ自体が……ぽんいちの抱えている深刻な病巣なんだろ
うなと。

僕は、そう思う。


nice!(55)  コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 55

コメント 2

mitu

男も女もタフでなければね( `ー´)ノ
by mitu (2020-05-07 23:43) 

水円 岳

>mituさん

コメントありがとうございます。(^^)

なにが起きるかわからないご時世ですから、肝っ玉だ
けは鍛えておかないと保ちません。(^^;;

いっきも、だいぶたくましくなりました。(^^)


by 水円 岳 (2020-05-09 23:12) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。