SSブログ

【SS】 栄冠は君に輝く *長の花* (鈴木則子) (一) [SS]


「のりちゃん、のりっ!」

耳元でお母さんのでかい声がして、はっと我に返った。

わたしは、家に帰ってからずーっと放心状態だったみたい。
自分では全然気がついてなかったけど。

お母さんは、わたしが学校ですごく嫌な目にあったんじゃ
ないかって、心配したんだろう。

うん、確かに。
高校に入るまでは、嫌なことしかなかったから。
そして、わたしだけでなくてお母さんにもいっぱい迷惑を
かけちゃったから。

「あんた、大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「いや……また友だちとなんかあったのかなって」

お母さんの心配は当然だ。
わたしも、過去の自分自身に苦笑してしまう。
それをどれだけ本当に過去のことにできたか。
わたしは、落ち着いて振り返れる余裕がまだない。
でも、一つだけはっきり言えることがあるんだ。

わたしは椅子から降りて、お母さんにはぐっと抱きついた。

「ちょ、ちょっと」

「さいっこーっ!」

「え?」

「ハートガーデンプロジェクトがね、高校ガーデニングコ
ンテストで受賞したの。それも、審査員特別賞!」

「うっそおおっ!」

わたしよりも先に、お母さんが爆泣きし始めた。

「す……っごおい!」

「嬉しいっ! 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいーっ!」

他の言葉が一つも出てこない。
嬉しいという一言で、これまでの全ての闇が塗りつぶされ
ていく。

侮蔑も、無視も、孤独も、無力感も。
過去のわたしを支配していた、どうしようもない空転感。
それらが全て「嬉しい」の一言だけで反転して、全てが色
鮮やかな花園のように輝いていく。

部が入賞したことはもちろん嬉しい。
でもわたしが本当に嬉しかったことは、初めてわたしが空
回りしなかったこと。
わたしが部長として全力でがんばったことが、一つも無駄
にならずに結実したこと。

それが……わたしにとってはどうしようもなく嬉しかった
の。
それは多すぎもせず少なせずもせず、ぴったり「嬉しい」
の中に収まったんだ。

◇ ◇ ◇

損な役回りだってわかっていながら引き受けるのは、自分
を知らないって言われても仕方ない。

でも、損だってわかっていても誰かがやらないとならない
んだ。それなら積極的にこなしたい。
わたしは、損だからって逃げるのは嫌なの。
小学校でも中学でも、わたしは「長」のつく役目から逃げ
るのが大嫌いだった。

わたしがわたしがって出しゃばったつもりはない。
でも、誰もやらないならわたしがやる……そういう流れに
は慣れていた。

わたしは、役を引き受けて放ったらかしたことはない。
長の付く役は、他の人よりもやらなければならないことが
ずっと多いんだ。
それをがんばってちゃんとこなしてきたと思う。
私の努力は、先生たちはちゃんと見てくれていた。

「鈴ちゃんはがんばりやだね。すごいね」

だけど友だちはそうじゃなかったんだ。
出しゃばりで生意気で余計なことばかり言ってって、わた
しを煙たがって。
いつも「長」の肩書きだけをべったり貼り付けて、遠ざけ
るようになった。
小説の中に出てくる委員長みたいに、わたしがみんなから
一目置かれることなんか、一度も。

一度もなかったんだ。

なんで? なんで一番がんばった人が、一番ばかにされな
いとならないの?
そんなのおかしいじゃないっ!

長が雑用係にしか見えなくなった中学の後半、何もかも嫌
になった。
クラスの各種委員も部活も全部拒否。
それだけじゃなくて、学校に行くことすらも拒否。
荒れ狂ったわたしに手こずって、お母さんはすごく苦労し
たと思う。

受験だって、惰性で受けたって感じだった。
ぽんいちの競争倍率がうんと低くなかったら、合格できな
かっただろう。

◇ ◇ ◇

高校に入っても、わたしは何もする気が起きなかった。
なんか……だらっと出来るところはないかな。
そう思ってたわたしにぴったりだと思ったのが、ハート
ガーデンプロジェクトだったんだ。

工藤部長の紹介は変わってたけど、わたし的には細かいと
ころはどうでもよくて。
だらっとできれば、そこがどこでもよかった。
わたしにとって、部活は学校からの逃げ場でしかなかった。

そんなわたしが少しずつ変わったのは、プロジェクトが本
当にゆるかったからだ。
出入りは自由。
お当番をきちんとこなしてくれれば、それ以外の制約は何
もなし。
部の掛け持ちしてる子も多かったし、部内の雰囲気も活気
にあふれるっていうよりまったり。

部長の工藤先輩も副部長の御園先輩もいばらない、急かさ
ない人だったから、本当に天国だった。
わたしは……小中で傷付いた心をプロジェクトで癒しても
らったんだと思う。

そんなわたしの天国が、失われそうになったのは次期部長
を選ぶ話し合いの時。
そう……誰もカリスマ部長の工藤先輩の後釜をやりたがら
なかったんだ。
先輩たちが全力で盛り上げてきた部を、わたしたちの代で
潰したらどうしよう。みんな……腰が引けちゃった。

絶対に「わたしがやる」って言いたくなかった。
でも誰かが部長を引き受けなかったら、結局わたしの天国
は壊れる。そうなるのは絶対に我慢できなかったんだ。

「いい。わたしがやるっ!」

また、あの地獄の日々が始まるかもしれない……そう恐れ
ながらも、わたしはチャレンジすることにしたんだ。





sz1.jpg

(サザンカ)











Mountain Song by Little Chief

 


nice!(52)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 52

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。