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三年生編 第93話(4) [小説]

フォルサの中に入ってしまえばスポーツウエアに着替えら
れるけど、そこまでは制服で行かないとなんない。
荷物が増えて、ちょっとめんどくさい。
学校がフォルサを利用可能施設に入れてくれたのは、そう
いう効果も見込んでるっていうことなんだろう。

フォルサには遊戯施設もあるけど、制服のままじゃすごく
目に付くし、かと言って着替えてまで遊ぶかっていうと
……微妙。
利用料金も高めだし、どうしても足が遠のくよね。
僕みたいに自腹で年会費払ってる学生なんて、そんないな
いんちゃうかな。

更衣室でジャージに着替えてから、受付のお姉さんにコー
トの利用状況を確かめる。

「ええと。今日はあまり予約が入っていません。Cコート
なら二時間ずっと使えます」

いや、そんな二時間も続きまへん。
体力が保たないっす。とほほ。

「じゃあ、Cコート一時間で」

「一時間でいいですか?」

「たぶん、それでもうへろへろになると思うんで」

「あはは」

笑われてしまった。

鍵を受け取って、久しぶりにスカッシュコートに向かう。
橘社長とのごたごたがあってから、ずっと行ってなかった
からなあ……。間が半年以上空いちゃった。

それでも他のコートからボールが弾む音が聞こえてくると、
体が反応してわくわくする。

「ふうう。こういう感覚は久しぶりだなあ」

Cコートに入って軽く柔軟。
体をほぐしてから、壁打ちを始める。

最初は素直に。
その後少しずつギアを上げて、バウンド数とスピードを上
げていく。

体中の筋肉が、おいおい勘弁してくれって悲鳴を上げてる
けど、おかまいなし。
そこを越えていかないと負荷がかからない。運動にならな
いんだ。

三十分くらい、ほとんど何も考えずに頭を空っぽにして、
球に反応することにだけ集中していた。

「ぶふう!」

体中から吹き出す汗。
でも夏休み中頭ばっか使ってたから、体の芯が汗にすごく
飢えてたみたいな感じがあって。
汗まみれがすっごい気分よかった。

こんこん。
タオルで汗を拭いていたら、ドアがノックされる音が聞こ
えた。あれ? まだ時間あるよね?

誰かなと思ったら、大場さんだった。
急いで鍵を開ける。

「工藤さん、久しぶりですー」

「おひさですー。やっぱ受験生になっちゃうと、なかなか
来れないですね」

「それは仕方ないですよー」

大場さんはラケットを持ってたから、試合しましょうって
ことだろう。

「やります?」

やっぱりー。もちろん!

「お願いします。お手柔らかにー」

「ははは。楽しくやりましょう」

五分くらい乱打して、すぐに試合。

で。
ぼろ負け。

「ひーん。やっぱりブランクが空くとだめだー」

「試合勘がなかなか戻らないですよね?」

「はいー」

「工藤さんは、進学されてからもスカッシュは続けられる
ですか?」

「……」

それは考えてなかったなー。

「そうですね。近くに使えるコートがあれば、ですけど。
楽しいので続けたいです」

大場さんが、すごく嬉しそうだった。

「ぜひ、ここに試合しにいらしてください。僕がいる限り
試合を組めますので」

「わ! ありがとうございます」

「テニスと違って競技人口が少ないので、なかなか……ね」

大場さんは、少し寂しそうな口調でぽつっと漏らすと、
コートの外に目を移した。

ちょうどその時、アナウンスが流れた。

「Cコートの工藤さま。時間が参りました。延長されます
か?」

おっと。

「いいえ、これで上がります。ありがとうございます」

「了解しました」

ぷつっとインターホンが切れて。
赤いランプが灯った。

荷物をまとめてすぐにコートを出る。

「じゃあ、僕はこれで帰りますー。また来ますねー」

「はい。お待ちしてます。勉強、がんばってくださいね」

とほほ……。

「はあい」

大場さんは、僕に一礼してさっと走り去った。
仕事の合間に、ちょっと息抜きって感じかな。
でも、本当に感じのいい人だ。

穏やかで親切。笑顔が優しくて、ほっとする。
雰囲気が、ちょっとかんちゃんに似てるかも。



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