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三年生編 第91話(9) [小説]

父さんには辛い時間だっただろうな。

心情的には抱え込みたい。
でも、そうするとさゆりちゃんが腐ってしまうのが最初から
見えてるんだ。

同年代の子とずれればずれるほど、復帰するのにエネルギー
が要るようになる。
引きこもってる間に、そのエネルギーが湧くわけないじゃん。
傷の痛みが軽くなるだけで、それ以外はなにも出てこないよ。

じゃあ、父さんがそれを言ってさゆりちゃんをどやせる?
無理だよ。信高おじちゃんの代わりに恨まれるだけ。
母さんのどやしだって、ひやひやだったんだから。

子供のトラブルに詳しい、僕らとは利害関係のない専門家に
適切なアドバイスをもらうこと。
今は、それしか突破口がないと思う。

「済まんな。余計な心配かけさせて」

「いや、健ちゃんさゆりちゃんには、僕らの辛い時にずいぶ
んサポートしてもらったからさ。僕に出来ることはするよ」

にこっと笑った父さんが、立ち上がって僕の肩をぽんと叩い
た。

「いつきは、俺の時より大人びるのが早いな」

「そう?」

「それでも、あまり生き急ぐなよ。のんびり行け」

「あはは」

うん。
父さんの言葉は……うれしいね。

いずれ、僕らはなんでも自力でこなさなければならなくな
る。黙っていてもそうなるんだ。
それなら、補助輪付きの期間はしっかり楽しめ。
そういうことだよね。

父さんが部屋を出て行ったあと。
僕はゆっくり肩を回して解した。

家庭の雰囲気っていうのも、一種の匂い。
そして、うちの匂いは淡くて緩い。
それが……うれしいなあって。


           −=*=−


「あ、森本先生ですか? 工藤です。ご無沙汰してますー」

「どうしたの? 御園さんを孕ました?」

ひりひりひり。

「せんせー。そのネタはもう止めましょうよー」

「何言ってんの。私はそれくらいしか楽しみがないんだから」

ひーん。

「いえ、ちょっと従妹のことでご相談が」

「は? 工藤くんの従妹?」

「正確にはまた従妹なんですけどね。実生とおない年。小さ
い頃から仲がよかったんで」

「その子がどうかしたの?」

森本先生に、これまでのことをざっと話した。

「ふうん。なるほどね。まあ、直接話してみるかな」

「すみません。僕らより、向こうがスタックしちゃったみた
いで」

「そんなに心配しなくていいわ。親がちゃんと子供に向き
合ってるなら、調整だけ。お茶の子さいさいよ」

さすが、プロ。場数を踏んでるだけある。
お茶の子さいさいと言い切ったよ。
思わず携帯を拝んでしまった。なむなむ。

「それより、弓削さんの方がずっと厄介」

「ですよね……」

「そっちは時間をかけるしかないね。でも、伯母さまが本当
にしっかり後見してくださってる。頭が下がります」

「いい方向に行って欲しいです」

「そうね。今のところ、妹尾さんのプログラムは順調にこな
せてる。あとはスタッフの確保と引き継ぎをどうするか、だ
ね。伯母さまとも相談して、プランを詰めます」

「お願いします!」

「御園さんにもよろしく言っといて。早く工藤くんを押し倒
しなさいって」

「せんせえええええっ!」

「うけけけけ」

ぷつ。

ったく。
相変わらずおちゃめなんだから。

でも、森本先生は行動が早い。
信高おじちゃんやさゆりちゃんが動けない状態を、さっと解
消しにかかるでしょ。

少しほっとして、そして気付いた。
ヘリオトロープの甘い匂いが、じわっと部屋を満たし始めた
ことを。

「うん。いい匂いだ。でも……これは僕の匂いじゃないね」




heliotrop.jpg
今日の花:ヘリオトロープHeliotropium arborescens


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JUNKO

淡い感じのムラサキがきれいですね。
by JUNKO (2019-03-15 12:04) 

水円 岳

>JUNKOさん

コメントありがとうございます。(^^)

小さな花なんですが、サイズからは想像がつかない
くらいよく匂います。(^^)
四季咲き性も強いので、おすすめです。

by 水円 岳 (2019-03-17 23:04) 

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