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三年生編 第89話(5) [小説]

「ええー? 県立大でバイオ? なんでまたそんなマイナー
な選択を?」

「いろいろ条件があるんですよ」

「条件、かあ」

「はい。まずうちの経済状態。国公立以外は無理」

「うん」

「田貫市から遠いところだと、しゃらのサポートが出来ない」

「病気?」

「しゃら本人じゃなくて、お母さんが……」

「うーん、そっかあ。今のお住まいからもっとも近い生物系
が県立大ってことね?」

「ですです。僕の実力から見ても、背伸びでも楽勝でもない。
負荷がちょうどいいし」

「合格したら自宅から通うの?」

「いえ、下宿します」

「……」

神村さんが、僕から一歩離れて僕をぐるっと見回した。

「しっかりしてるわねー」

「いっぱい悩みましたから」

「そうね。わたしもみずほもそうだった。みんな、一度は通
る道ね」

神村さんにそう言ってもらえて、ほっとした。

「あ、そういや」

前々から聞いてみたかったんだ。

「中沢先生は、なんで生物をやることにしたんですかね?」

「ああ、みずほのはちょっと変則ね」

「そうなんですか?」

「そう。あいつは物理や化学が大嫌いだったの」

どごー……ん。
なんだよう。それって僕と同じじゃん。

「それなら素直に文系行った方が……」

「無理よ。中身がぱりっぱりに乾いてたから。今はどうかし
らないけど」

「乾いてる……かあ」

「文学、経済、コミュニケーション系。どれ一つとっても、
人と社会を中心に据えた分野でしょ?」

「あ、そうかあ」

「みずほの人嫌いは筋金が入ってるからね」

「大学でもそうだったんですか?」

「そう。一見ウエルカムなんだけどね。あるラインから内側
には絶対に入れてくれない。そこに入れたのはちゅんだけか
な」

「なるー」

「でも、ちゅんはみずほ以上の人嫌いでしょ? みずほが努
力しても中に入りきれなかった。似た者同士じゃね」

「やっぱかあ」

「みずほはきっと晩婚ね。それも、あの病的な人嫌いを克服
出来ればの話。下手すりゃ、生涯シングルかもね」

む。
そうか。中沢先生は、結婚した事実を本当にわずかな人にし
か知らせてないんだろうな……。





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