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三年生編 第86話(3) [小説]

母さんが、ぱちっと指を鳴らしてうなった。

「うーん、やっぱりかわいい子には旅をさせよ、ねえ」

「あはは」

苦笑いした実生が、すっと顔を上げる。

「どうしても、ここでいいやっていう線を自分だけで決め
ちゃう。そして、その範囲がちっちゃい」

なるほど。そういうことか。

「わたしはお姉ちゃんもそうなんだろうって、安心してたん
だ。でも……」

「しゃらは違うだろ?」

「違う。いや……最初から違うんじゃなくて、変わってきた」

ああ。
しゃらと僕との付き合いをずっと見てきた実生には、変化が
はっきり見えるんだろうな。
しかも実生にとってしゃらは他人だから、感情を入れ過ぎな
いで冷静に変化を観察出来る。

「お姉ちゃん、すっごい頑固なんだよね。最初はそれが外か
らよく見えなかったんだ。でも、今はそれがはっきり分かる
ようになった。中身と外側のズレが小さくなったの」

「僕もそう思う」

「それがね、めっちゃめちゃかっこいいの」

思わず苦笑する。

「あはは。そっかあ」

「変に思われたらどうしようってびくびくしてるより、もっ
とさらけ出した方がいいのかなーって」

「いろいろやってみたらいいよ。失敗しても、これまでと同
じにはなんないさ」

「うん! そだね!」

「うまく行った時より、失敗した時の方がいっぱい大事なこ
とを覚えられた。少なくとも、僕はそうだった」

「ふうん」

「いきなり全開には出来ないけどさ。いろいろトライしてみ
たらいいんちゃう?」

「なあんか」

不満そうに、母さんが口を挟んだ。

「うん?」

「親の出る幕がないけど」

「これからまだまだいっぱいあるって」

「そう?」

「僕が兄貴面出来るのは、あとちょっとだけさ。実生だけの
生き方が出来たら、もうあれこれ言えないよ。僕は親じゃな
いんだし」

にこにこしてた実生の顔が歪んで、いきなり泣き出した。

「ううー……」

「おいおい。これもトライのうちだぞー。もっとハートを鍛
えなきゃ」


           −=*=−


朝っぱらから微妙なやり取りがあって、僕のもやもやはもっ
とひどくなった。

でも、明日から学校なのに変なもやもやまで引っ張って行き
たくない。
頭を空っぽにしたくて、ちょろっとジョギングのつもりが、
がっつり長距離になっちゃった。もう、全身汗まみれ。

汗をぽたぽた道路に垂らしながら、よれよれになって帰宅。

「ぐえー、あづーい」

「まあ、がんばるわねえ」

「勉強ばっかであんま体動かしてなかったから、全身なまり
まくってるなー。近いうちに一回フォルサに行って、がっつ
り絞ってくるかな」

「そうね。受験本番に風邪引いてぶっ倒れてたら、しゃれに
ならないものね」

「縁起でもない! あ、シャワー浴びてくるわ」

「すぐ昼ごはんよー」

「うっす。腹減ったー。あ、実生は?」

「もうご飯食べて、リドルに行ったよ」

「ああ、午後シフトか。今日はバイト代もらってくるんだろ
なあ」

「初給料ね」

「僕もすっごいうれしかったからなあ」

「そうね。どんな顔で帰ってくるか、楽しみ」

実生よりも、母さんの方が楽しそう。うけけ。

初めてのバイトで緊張もあったと思うけど、しゃらやマス
ターがまじめにきちんとこなしたよって言ってたから、上出
来だろう。
将来何をするにしても、今回のバイトが貴重な経験になるは
ず。自立への第一歩ってとこだよな。



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