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三年生編 第85話(7) [小説]

「昨年のトラブルは、本学の致命傷になりかねなかった。工
藤さんの的確な対応には、本当に助けられました」

奥村さんに、深々と頭を下げられる。
ううう、僕は何もしてないよう。

「いやいや、奥村さんには大学のことをいろいろ教えていた
だいたので。いいご縁が出来たと思ってます」

顔を上げた奥村さんは、僕の顔をしげしげと見つめた後で、
にこっと笑った。

「そう考えてくだされば、とても嬉しいです。ああ、そうだ。
お二人は進学先はどの方面をお考えなんですか?」

僕が先に答えた。

「僕は生物系志望で、今のところ県立大生物を一般入試で受
験する予定です」

「彼女さんは?」

「わたしは、推薦狙いです。アガチス短大の栄養科です」

「そうか。進学先が割れるんですね」

しゃらと顔を見合わせて溜息をつく。

「しょうがないですね。僕らそれぞれに事情があるので」

「それは、経済的な?」

「一番は、そうですね。うちは、父が転職した関係でお金に
余裕がありません。国公立の大学で、自宅から比較的近いと
ころっていう制約があるので」

「自宅から通われるんですか?」

「いいえ、家は出るつもりです。きっと、バイトざんまいに
なります」

「それなら遠くの大学でも……」

僕は、黙ってしゃらを指差した。
奥村さんが、すっとうなずいた。

「僕は遠距離を続ける自信がないんです。今までずーっと一
緒でしたから」

「うん」

はあっと大きな溜息をついたしゃらが、それでもぐんと胸を
張った。

「でも、わたしもそろそろいろんなことから自立したい。
いっきが側にいないことに慣れないと」

ふっと。寂しそうにしゃらが笑った。

「さっき奥村さんがおっしゃってた、恋愛で壊れる人になっ
ちゃいます」

「すごいね。私らの時には、そこまでの覚悟はなかったな
あ……」

腕を組んだ奥村さんが、昔を思い出すような顔つきになっ
た。
でも、僕らのは覚悟とかそういう問題じゃないんだよね。
そこを訂正しておこう。

「僕らは、少し特殊かもしれません」

「は?」

「恋愛以前に、お互いに緊急避難でよっかかるところからス
タートでしたから」

「ほう」

「高校を卒業したら、それが強制リセットされます。もう
待ったなしなんですよ」

「そうですか……」

「でも、僕らの先々のことを考えてのプランですから」

「わははははっ! いや、本当にすごいですね」

すごくはないと思う。
僕らに出来ることを重ねたら、それしかないっていうのに近
い。

「彼女さんは、資格を取られるんですか?」

「はい。管理栄養士の資格があれば、いろいろな就職先を考
えられます。病院、学校、保育施設、養護施設……その選択
肢を出来るだけ増やしたいんです」

「うん。それは理にかなってますね」

「ただ……」

しゃらが、急に難しい顔になった。なんだろ?

「わたしが進学予定のアガチス女子短大は、あと二年で学生
の募集を停止するそうです」

「うかがってます。四年制への一本化ですね」

「はい。ちょっと雰囲気ががさつくのかなあって……」

「それはしょうがないですね」

奥村さんは、あっさりかわした。



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