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三年生編 第83話(3) [小説]

バスを降りてから、ながーい農道をてくてく歩き詰めて、古
い家並みが点在する集落に入る。

光輪さんにも奥さんにもお寺と畑で会ってるから、家がどこ
にあるのか分かんない。
畑仕事してたおっちゃんやおばちゃんに、伊予田さんのお宅
を教えてくださいって聞いてみたけど、だあれもそんな人い
ないよって。

うそお!?

待てよ……。
そういや奥さんが、跡取りだって言ってたような。
戸籍では伊予田でも、家の方は奥さんの名前かもしれない。

でも、僕はそっちの名前をすっかり忘れてしまってた。
さあ、困ったどうしよう。

二人して、農道のど真ん中で途方に暮れてたら、ちゃりで通
りかかったじいちゃんが、どうしたって聞いてくれた。

「伊予田光輪さんという方のお宅に、出産祝いで伺おうと思っ
たんですけど」

ちゃりを降りたじいちゃんが、歯の抜けた顔をくしゃくしゃ
にして大笑いした。

「ぎゃっはっはっはっは! あのクソ坊主ンとこかい。そら
あ、伊予田なんて名前で探しても無駄だわ」

ううう。

「坂木の大将ンとこだろ。あっちだ。車がいっぺえ停まって
るから分かる」

じいちゃんが、ぐいっと手を伸ばした。

僕もしゃらもその方角を見たんだけど、家が豆粒。
ううう、視力が全然違う。

「ありがとうございますー」

「クソ坊主に、とっとと働けいうといてくれや」

うひー。

「はいー」

「はあっはっはっはー」

家は全然特定出来なかったけど、坂木っていう奥さんの実家
の名前と、車がいっぱい停まってるっていう情報だけあれば、
なんとかなるでしょ。

顔を見合わせて苦笑いした僕らは、じいちゃんが指差した方
へてくてく歩き出した。


           −=*=−


「ぐわあ!」

「ひええ!」

大ショック!

田舎の農家を甘く見てた。
家が……とんでもなく立派で、でっかい!

そっか……。
僕の中では、農家って広い田畑の中にぽっちりってイメージ
があったんだけど、とんでもない!

きっと、持っている土地もものすごく広いんだろう。
そりゃあ……後継ぎを必死に確保しようとするはずだわ。

ひろーい庭には、立派な車が何台も停められてる。

「ちょ、ちょっと……いっき」

「う……へえ。びびる」

「だよね」

僕もしゃらも、思い切り腰が引けてしまった。
でも、せっかくここまで来たんだし。

開けっ放しになってた玄関の戸に首を突っ込んでみる。
ちょうどそのタイミングで、外に出ようとしてた光輪さんと
目が合った。

ラッキー!

「光輪さん! おめでとうございますー!」

どすどすと大きな足音を立てながら、光輪さんが玄関先まで
出て来てくれた。

「わざわざ済まんな」

「いえー。でも、すごいお宅なんですね」

へっぴり越しのまま、家の中をぐるっと見回した。

「はっはっは! 田舎じゃあ、見栄も財産のうちだ」

「へえー」

「ま、上がれや。見並も今は起きてるし」

「奥さん、具合が悪いんですかー?」

しゃらが不安顔で聞き直した。

「はっはっは! 赤ん坊は腹が減ったら泣く。そのたんびに
起こされるのさ。俺がおっぱいやるわけにはいかねえからな」

「あ! そっかあ」





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