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三年生編 第74話(5) [小説]

交番で、矢野さんと僕がかわりばんこに事情を聞かれた。
僕らは、それに機械的に答えていく。

僕らは何もしていない。
向こうが一方的に因縁をつけてきただけ。
矢野さんが、自己防衛のために向こうの攻撃に対して最小限
の反撃をした。おしまい。

のびてるのはこっちじゃなくて向こうだから、普通は警察か
らのお小言があるんだろうけど、なにせ刃物を振り回したや
つがいるからね。

論外だよ。

ヤンキーどもは、交番できっついお灸を据えられていた。
特に、加害者……というか無様に被害者になってしまった二
人にはたっぷり前科があるらしく、すぐに放免とはならない
らしい。

お巡りさんがしてくれた説明だと、あのごつい二人は半グレ
という連中で、ヤクザより暴力的でタチが悪いんだとか。
五人のうち高校生らしい三人プラスさゆりんは、そいつらの
パシリにさせられてたってことなんだろう。

さゆりんと残りの三人は、高校生ということで親が呼ばれる
ことになった。
携帯が取り上げられてるから、実家や信高おじちゃんへの連
絡をどうしようかと思ってたけど、警察で連絡を代行してく
れるのはありがたい。
こういう時に携帯がないのは不便だよなあ……。

「よう、工藤さん」

「はい?」

事情聴取が終わって暇そうにしていた矢野さんが、のっそり
立ち上がった。

「今日は携帯持ってねえのか?」

「ううー。今泊まってる合宿所は、宿泊中の携帯使用一切禁
止なんですよ」

「ほう。今時珍しいな」

「お寺ですからねえ」

「なんでまた?」

「実家から予備校に通うのはしんどいです。合宿所は一泊五
百円なんですよ」

「おいおい、簡宿より安いぞ、それ」

「あはは。その代わり、食事と冷房なし。朝は五時起きで掃
除と勤行。部屋の裏は墓地で、そこら中蚊だらけ」

「まあ、寺ってのはそんなもんだ。俺も使ったことがある」

「へえー。矢野さんの若い頃ですか?」

「そうだ。まだ四回戦でやってたころだな。合宿で血ぃ吐く
までトレーニングして、ぎちぎち体絞って」

ふっと笑みを浮かべた矢野さんが、天井を見上げた。

「懐かしいなあ……」

きっと。
矢野さんが、何も余計なことを考えずにボクシングに没頭し
ていた時期なんだろう。

「なあ、工藤さん」

「なんですか?」

「その寺ぁ、俺らも泊まれるのか?」

ええーっ!?
びっくりしたけど、単に懐かしいから泊まるなんてわけない
ね。悪魔のトレーニングの一環なんだろう。

「聞いてみますね。携帯借りられます?」

「いいぞ」

矢野さんの携帯を借りて、重光さんに電話をした。

「なんだと? ボクサー二人?」

「はい。だめですか?」

「かまわんが、何もせんぞ。条件はおまえと同じだ」

「分かりました」

右手でオーケーサインを出して、矢野さんに伝えた。

「助かる。こいつの精神(こころ)を鍛えるいいチャンスだ」

やっぱりか……。
でも、どういうトレーニングをするんだろう? 興味津々。



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