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三年生編 第74話(3) [小説]

トレイと紙ゴミを片付けて、ぽんと店舗の外に出た途端。

目と鼻の先を、かなりガラの悪そうな若い男たちが数人肩を
いからせながら通り過ぎていった。ちょっと店を出るのが早
かったら、出会い頭にぶつかっていたかもしれない。

「あっぶねー……」

小声で言ったのが、その男たちの誰かの耳に入ったのかもし
れない。

僕らの数メートル先で足を止めた連中が、一斉に僕らの方に
振り返った。

僕は気付かないふりをして反対側に歩いて行こうとしたんだ
けど、同行していたのが立水だということをすっかり忘れて
いた。

「なんだ? 態度のでかいガキが! ガンつけやがって!」

うわ……ま、まずい。
立水も知らんぷりすればいいのに、絶対に目を逸らさない。

「おまえらの知ったことか」

火に油。
ま、まずい。
まずい、まずい、まずい、まずいーーっ!!

新宿のど真ん中でがらの悪い連中と乱闘でもしようものなら、
絶対に学校のお咎めなしじゃ済まない。
それ以前に、ここから無事に離脱出来るかどうかが……。

慌てて、連中の人数を見回して戦力判断しようとして、固まっ
てしまった。
男どもの一人に抱え込まれるようにして女の子がぼーっと立っ
てた。その子に……見覚えがあった。

「さ、さゆりん」

派手な服。下品な化粧。染めた髪、じゃらピアス。
完全に崩れてる。
でも格好とは裏腹に、表情にまるっきり生気がなかった。
信高おじちゃんの家を飛び出してから、さゆりんがどういう
経過を辿ったのか、一目瞭然で分かる。

「しゃれに……ならん」

ガラの悪い連中は全部で六人。
でも、腕っぷしがいいのはそのうち二人なんだろう。
年齢や体格がくっきりその二人だけ違う。
そいつら以外は、さゆりんを含めて取り巻きだと見た。

僕と立水だけなら隙を見て逃げればいいんだけど、さゆりん
が心配だ。なんとか足止めして、警察を入れたい。

くそおっ!
どうして、こうなんでもかんでもいっぺんに降ってくるかな
あ!

ぞろぞろと僕らの方に向かって戻ってくるヤンキー。
逃げるなら今だけど……立水はやる気満々だし、僕もさゆり
んを置いては……。

「おう」

今度は僕らの反対側からいきなり低い声がして、慌てて振り
返った。

おおっと、びっくりぃ!!

「あああっ!! 矢野さん!!」

「はっはっは! 工藤さん、久しぶりだなあ」

「久しぶりですー! 今日はどうしたんですか?」

近付いてくるヤンキーにちらちら目をやりながら、素早く確
かめる。
矢野さんが、背後に顎をしゃくった。

「こいつをスパーリングに連れてったんだよ。もうすぐCラ
イのテストだからな」

「うわ!」

そこに、久しぶりに見た悪魔がいた。
いくら今日が涼しいって言っても、真夏に長袖のサウナスー
ツ着てうろうろすんのはしんどそう……。

でも、眼が前見た時と全然違ってた。
最初の頃は、いつも人を突き刺すような邪眼。
騒動で目力を失ってからは、どろんと濁って、腐ってた。
でも今の眼は……飢えで満たされてぎらぎらしてる。

「トレーニングは進んだんですか?」

「進んだぜ。まだ体がきちんと絞り切れてねえし、取り組み
にも甘さがあるけどな。でも、基礎トレはちゃんとこなせる
ようになった」

そう言った矢野さんが、悪魔にではなく、僕にひょいとジャ
ブを出した。

ぎりぎりでスウェイして躱す。
今度はミット打ちの要領で手のひらを出してきたから、その
手のひらにとんとんとリズミカルに拳を当てる。

「おう。腕はなまってねえな。トレーニングは?」

「してませんよー。悲しき受験生ですから」

「はっはっは! 受験が済んだらジムに来い。がっちり絞っ
てやっからよ」

「えうー」



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