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三年生編 第70話(6) [小説]

エアコンなしにはうんざり顔の立水だっただけど、五時起き
には何も反応なし。平然。

「おい、立水。おまい、朝強いの?」

「部活の朝練はそんくらいに起きねえと間に合わん」

あ、そうかあ。運動部系はそれがあるんだ。

実質門限の九時ってのも、特に反応なし。
そりゃそうだ。夜ふらふら出歩く暇があったら、そもそも合
宿なんかに来ないよ。

窓のすぐ外に立ち並ぶ墓石をじっと見据えていた立水が、急
にしょうもねえって顔で頭をがりがり掻いた。

「なんだよ。門限なんて、全然意味ねえじゃん!」

「は?」

立水が、墓地の向こうを指差す。

「ありゃ……」

墓地は、その向こうの街路と低い生垣で隔てられてるだけ。
そっか、裏から出入り出来るから、閉門とか施錠とかは防犯
上はまるで無意味なんだ。
だから門限ていう言い方をしなかったのか。

「心構えってことだな」

「ああ、そう思う」

こそこそすんな! やましくなければ堂々と振るまえ!
……ってことなんだろな。

立水にも、だんだん重光さんていうのがどういうタイプの人
なのかが見えてきたらしい。
最初の仏頂面が収まって、納得顔に変わった。

変な話。今の立水がそのまま年取りゃ、あんな感じになるん
ちゃうかな。ぐひひ。

台所や洗面所、冷蔵庫や洗濯機の場所、風呂を確認。

「思ったよりきれいじゃん」

「てか、僕らが出る時には、これ以上にきれいにしろって言
われると思う」

「ぐええっ」

でも、部活の合宿でもカリキュラムに清掃が入っているんだ
ろう。立水的には許容範囲ってことみたい。

「立水のところも、明日開講?」

「そう」

「下見は?」

「行かん。場所はもう分かってる」

「そっか。僕は一度見に行ってくるかな」

「確認してねえのか?」

「場所は分かるよ。でも、ここからそこまでの所要時間が知
りたい」

「ああ、確かにな。余裕持って出ねえと」

「そゆこと。ついでに買い出ししてくる。窓枠に張る網と蚊
取り、明日の朝飯と飲み物。それくらいは買っとかないと」

「飯が味気なくなりそうだな」

「しゃあないよ。ご飯作る暇があったら勉強しろって言われ
るだろうし」

「だな。それで台所がえらくきれいなのか」

「あ、それと、ゴミはここでは処理出来ないから、自力で片
付けろってさ」

「わあた。行き来の間に処理するしかねえな」

「んだんだ」

話してる相手がもししのやんなら。
そのまま一時間でも二時間でも話し続けただろう。

でも立水相手に無駄話かましてると、どういうツッコミが入
るか分からない。さっさと切り上げよう。

「じゃあ、出るわ」

「おう」

立水なら、絶対に一緒に行くとは言わないだろうと思った。
本当に群れるのが嫌いなんだろう。

自分の部屋に戻って、窓の外をもう一度見回す。
防犯という概念は、このお寺にはない。
貴著品は置いておけないってことだな。

さっき重光さんが立水の携帯を袋に入れたのは、それを金庫
かなんかに収納するからだろう。
使えなくするだけじゃない。貴重品としての扱いにしたって
ことだね。

まあ、僕の場合バックパックを背負って出ればそれで済む。
ボストンの方は衣類と勉強道具だけだし。

「おっと」

ボストンの方を開けて、服を確認する。

講習には遊び要素がないって言っても、校則でいう『繁華街
への外出』と同じ扱いになる。本来なら制服着用じゃないと
外を歩けないんだ。

東京に来てまで僕を見張るやつなんかいないと思うけど、万
一のことがあった時に言い逃れ出来ない。
めんどくさいけど、制服に準ずる地味な着替えを準備して、
学校側に事前許可をもらわないとダメだったんだ。

トップスは、夏服だから白シャツにタイと校章。
汗かくから毎日替えないとならないけど、アイロンなんかか
けられない。気軽に洗って干せる素材の綿シャツにしたい。
ボトムスは汗かくから毎日替えたいけど、それじゃあ制服だ
けだと全然間に合わない。地味な白系の綿パンで代用したい。

持ち物を揃えて、事前に大高先生にチェックを受けた。
制服じゃダメなのかとだいぶゴネられたけど、自宅からの通
いじゃないからね。事情を説明して押し切った。
もっとも、僕は私服で繁華街をうろつくヒマなんかないよ。
暑いし、そもそも時間もお金もないもん。

全期間制服着た切りすずめを回避したって言っても、味もそっ
けもない格好なのは同じ。でも、しゃあないね。
それよか、洗濯をどうすっかなんだよなあ。

早朝から起きないとならないってことは、その時間帯に済ま
せるしかない。あ、洗濯物吊るす紐も買ってこなきゃ。

蒸し暑い部屋でだらだら汗を流しながら買い出し品のリスト
をメモ書きして、それを財布に入れて部屋を出る。

「カギがないんだよなあ」

おおらかっていうか、いい加減ていうか。

でも、日中は住職さんがいる。
人の気配が絶えてしまうっていう時間がないんだろう。

さあ、買い物もあるからちゃっちゃとこなさなきゃ。


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