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三年生編 第70話(5) [小説]

立水を連れて、母屋の前で声を張り上げる。

「重光さん! 立水が着きました!」

「おう」

のそのそと。めんどくさそうに重光さんが出てくる。

「あんたか」

「はい。よろしくお願いします!」

「こまけえことはこいつに聞いてくれ。同じこと二度言うの
は面倒だ」

立水は口をあんぐり。

「ああ、銭は先払いだ。あんたは、20日間だったな。一万
円。それと、携帯を出せ。預かる」

慌ててバッグから封筒と携帯を出した立水が、それをさっと
重光さんに渡した。

無表情にお金と携帯を受け取った重光さんは、携帯の電源を
切って布の袋に入れ、口をねじねじで締めた。

「どうしても連絡が必要なら、携帯じゃなく寺の電話を使っ
てくれ」

「はい」

「盆にかかる。その前後は人の出入りがある。それは承知し
てくれ」

「分かりました」

「じゃあな」

重光さんは、さっと引っ込んでしまった。
あとは、僕が案内しろっていうことなんだろう。

ちぇ。


           −=*=−


立水の部屋も、作りは僕のところと同じ。
窓はあっても、網戸はない。

思ったよりもきれいじゃないかって感じで、さっきの僕と同
じように部屋を見回していた立水が、くるっと振り向いた。

「おい、工藤」

「うん?」

「あのじいさん、やる気あんのか?」

めんどくさがりの、ぐだぐだに見えたんだろう。
そういうのが嫌いな立水は機嫌が悪かった。

「くっくっく。甘く見ると、足元すくわれるよ」

「へ!?」

「あの斎藤先生をガキ扱いしてる。とんでもなく厳しいわ」

「うわ、ガキ扱いかよ」

「それに、重光さんがここのルール以外に僕に言ったことは
一つしかない」

「なんだ?」

「ここに来た以上、諦めることは絶対に許さん。それだけ」

「む……」

「逆に、ルールを遵守する以外のリクエストは何もない。あ
とは全部勉強で使え、時間を無駄にするな、とさ」

「そうか」

「自分のことなんだから、自分でなんとかしろってことなん
でしょ。だからそっけないんだよ」

「なるほどな」

「問題は、だ」

まだ開けてなかったカーテンを、じゃっと音を立てて引く。

「げ……」

お・は・か、オンパレード。
さすがの立水も、ちょっとなあと思ったんだろう。

「さすが、格安」

「まあね、でも、そんなのはどうでもいい。どうせ夜は暗く
て外は見えないんだし。カーテン引くし」

「それもそうか」

「それよか、空調なしで部屋密封だと暑すぎて勉強どころ
じゃないよ」

立水が、慌ててもう一度部屋を見回す。

「エアコンなし、かよ」

「一泊五百円だからなあ。まあ、窓開けて風通せばなんとか
なりそうなんだけどさ」

実際に窓を開ける前に、立水が気付いた。

「これだけ墓があると、蚊がひどそうだな」

「さっきちょっと開けただけで、猛爆撃だったよ。かなわん
わ」

「ぐえー。網戸は?」

「ない」

「そらあ地獄だぜ」

「でも、窓の外から網張ってもいいって言ってたから、あと
で夕飯買い出しに行く時に探す」

「俺もそうする。蚊取りは?」

「火ぃ使うのはだめだって」

「ああ、ミスト系はいいってことだな」

「そう。それも後で買ってくるさ」




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