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三年生編 第70話(3) [小説]

「きれいですね」

「誰も使わねえからな。掃除だけしてりゃ汚くはなんねえさ」

ぽいっと言い放った重信さんが、僕に向かってぐいって手を
伸ばした。

「管理費、先払いだ」

「あ、今出します」

ボストンバッグを床に置いて、茶封筒を引っ張り出す。
五百円かけ二週間で七千円。
都内のホテルなら一泊分にもならない。こんなんで大丈夫な
んだろうか? かえって心配になる。

「あのう……」

「うん?」

「宿代、こんなお安くていいんですか?」

「こらあ、宿代じゃねえよ。ここはホテルなんかじゃねえ。
空き地と同じだ」

げ……。

「ただ、電気と水道、ガスが使える空き地さ。その光熱費と
維持・管理のゼニだけもらうってわけだ」

「うわ」

「今ゼニをもらったから、水周りのものは好きに使ってくれ。
風呂、洗濯機、灯り、時間を気にせんで必要な時に使え」

「助かります」

「ゴミ。俺んとこでは処理出来ん。持ち込んだものは責任持っ
て始末しろ」

「はい」

そうか。弁当殻とか、予備校への行き来の時に始末しないと
ならないんだ。

重光さんは、また僕に向かって手を伸ばした。

「携帯を出せ。預かる」

「はい」

さっと携帯を差し出す。

「えらい素直だな」

「斎藤先生から、取り上げられるって聞いてたので」

「ああ、あの馬鹿野郎か。まともに生きてんのか?」

ぼろっくそだ。斎藤先生をまるっきりガキ扱いしてる。
確かに、すごい曲者だわ。

「ここを紹介してくれたのが斎藤先生なんで、生きてます」

「二回失敗したくれえで諦める大馬鹿者なんざ、とっととく
たばっちまえって言っとけ!」

うわ、一刀両断じゃん。き、厳しいなあ。

「あんたもそうだ。ここに来た以上、諦めることは絶対に許
さん!」

ううう、ぎびじい。

「がんばります! あ、ここに泊まるのは僕だけですか?」

「いや、もう一人、立水ってやつが来る。あんたと同じクラ
スなんだろ?」

ああ、やっぱりここに来ることにしたんだ。
あいつなら必ず食いつくだろうと思ったから。

「はい」

「同じ説明を二回したくねえ。おまえから説明しといてくれ」

どごん! こ、このじいちゃん。強烈だ。

「ああ、ここには門限はねえが、俺が寝る時に門扉を閉めち
まう。それが九時だ。それより遅く帰ってきたら入れねえか
らな」

それって、門限って言うんじゃ……。

「九時、ですね」

「おう。俺が寝た後に鍵外して外に出るのは構わんが、鍵ぃ
掛けられねえからな。その間に泥つくでも入ったら責任取っ
てもらう」

まあ、その時間帯に外に出る事はないな。

「どうしても帰りが遅くなる事情がある時ゃあ、早めに電話
を寄越せ。考慮する」

「分かりました。予備校の講義が終わったら直帰するから、
たぶん大丈夫だと思いますけど」

「まあな。でも、何があるか分かんねえから、備えだきゃあ
しとけ」

「はい」

ものっすごくぶっきらぼうだけど、必要な情報やルールはちゃ
んと説明してくれてる。今までのところは、ばあちゃんたち
がこき下ろすほどひどくないと思うんだけどな。

それよか気になったのは、予想通り空調がないことだ。
重光さんと話をしていても、暑くて暑くてしょうがない。

「あのー」

「なんだ?」

「窓を開けてもいいんですか?」

「かまわん。ただ網戸は入ってねえ。蚊が多いから、それは
覚悟してくれ」

ぐえー……。

引いてあった古ぼけたカーテンをしゃっと音を立てて引き開
けた重光さんは、ロックを外してガラス窓を全開にした。

「!!」

目の前にずらっと墓石が並んでた。
げ。でも、お寺さんなら当然そういうのもありうるよなあ。
一々気にしてなんかいられない。

幽霊よりも蚊の対策をなんか考えないと。




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