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【SS】 彼女にとって普通ということ (佐倉 唯(ゆいちゃん)) (二) [SS]


「ゆーいー、天交くんが来たわよー」

「わあい!」

タカトと一緒にいられる時間は、わたしにとってのゴールデ
ンタイム。
ネガティブな感情に押し潰されそうなわたしが、自分を取り
戻せる大事な時間だ。

一分一秒も無駄にしたくなくて、玄関までぶっ飛んでいく。
ああ……大好きなタカトの顔が、わたしを笑顔で包んでくれ
る。

「メリークリスマス、ゆいちゃん」

ちゃんは要らないのにー。
ママがいるから気を遣ったんだろなー。

でも、タカトは中に入ろうとしなかった。
玄関先で突っ立ったまま。

え? どして?

わたしがタカトから手渡されたお菓子の袋を受け取ったら、
少し寂しそうにタカトが微笑んだ。

「ごめんね。一緒にクリスマスを過ごしたいんだけど、お袋
が……」

えっ!?

ざあっと血の気が引いた。

「だ、だいじょうぶ……なの?」

「今回使ってる抗がん剤の副作用がすごく強くて。お袋、今
は動けないんだ。バイトの後で買い出しとかしないとなんな
いの。ごめんね」

「ううん、お母さんのことが一番だよ。しっかり看てあげて」

「ありがとう」

わたし以上に心配そうな顔をしてるママに向かって深々おじ
ぎしたタカトは、なごり惜しそうにドアをそっと閉めて。

……帰っていった。


           −=*=−


わたしは……自分の部屋で。ベッドの上で。膝を抱えて泣い
た。

「ぐすっ。ぐすっ。ひっく」

わたしは普通じゃない。普通なんかじゃない。
さいってーだ。

自分に何があったって、それはそれ。
今、ものすごくしんどいタカトのことを……もっと察してあ
げないとならないのに、自分のことばっか考えてる。
自分の傷ばっか見てる。

ねえ、ゆい。
あんた、いつからそんなにエラくなったの?
みんなが自分のことを慰めてくれて、気遣ってくれて当たり
前って……考えるようになったの?

タカトも、しんどい状況の中で必死にがんばってる。
自分の夢を諦めたくないって、もがいてる。
だから本当は……わたしのことなんか考える余裕はないのか
もしれない。

でも自由になるわずかな時間を割いて、わたしにプレゼント
を買って、わざわざ持ってきてくれたんだ。

ねえ、ゆい。
それは当たり前じゃないんだよ。
普通のことじゃないんだよ。

「……」

前にタカトと電話してて、すごく気になったことがある。
負けず嫌いで、実際に負けたことなんかなくて、だから自分
はすごくしっかりしてると思い込んでたって。
でも、どうしても勝てない相手がいることに気ぃついたって。

それは……自分。

負けてばかりでずっと辛い思いをしてきた工藤くんや御園さ
んは、自分の弱さにもう負けたくないって思いが強い。
だからいつも自分自身をどやしつけて、しゃにむに前進しよ
うとする。
そのエネルギーが、すぐ自分を甘やかす僕には全然足りない
んだよなって言ってたんだ。

タカトがわたしの中に見たもの。憧れたもの。
それは、一度決めたらぐらつかずに進み続ける強い意思だっ
たんだろう。
そして、わたしも自分がそういう人間だって思ってた。

でも……。

わたしは、あまりに普通過ぎた。
何があっても、どんな障害があっても、それを乗り越えて夢
を掴むんだっていう気迫とか決意とか……本当は全然なかっ
たんだ。ただ、自分の夢にぼーっと酔ってただけ。

それで……いいの?
タカトにずーっと誤解されたままでいいの?

よくないよね。
それじゃ、タカトは化けの皮が剥がれたわたしを見て幻滅す
るだろう。
わたしはタカトに捨てられてしまうかもしれない。

そんなの絶対にいやっ!!

わたしは……自分の弱さを……普通の女の子だってことをタ
カトにちゃんと理解してほしい。
でも。同じようにわたしも、タカトがスーパーマンなんかじゃ
なくって普通の男の子なんだってことを、きちんと理解しな
いとならない。

「ふう……」

今。
お母さんの闘病生活を支えてるタカト。
わたしはただもらうだけじゃなくて、あげられるものを何か
考えないとならない。

それは、わたしにとって辛いことじゃないよね。
タカトが喜んでくれることは、わたしにとっても幸せなこと
だもん。
それがいつか、わたしの恐怖や後ろ向きな感情を薄めてくれ
るだろう。

わたしは、普通の女の子だ。
でも普通だったら、普通の子に出来ることはわたしにも出来
るんだ。まず、そこから……始めよう。自分を動かそう。

「ママー。ちょっと出かけるー」

わたしはリビングに行って、テレビを見ていたママに声をか
けた。驚いたように振り向いたママが、まぶたを泣きはらし
たわたしを見て顔をしかめた。

「だいじょうぶなの?」

「少しずつ慣らさなきゃ。幼稚園のお見送りお出迎えじゃな
いんだから」

「……そう」

「すぐそこのコンビニに行くだけだよ。まだ昼間だし」

「そうね。そこから、ね」

「うん」




ox1.jpg

(オキザリス)








(補足)

ゆいちゃんこと佐倉唯は、マカと同じくいっきが二年生の時
のクラスメートです。三年でも同じクラスになりました。
ジャーナリスト志望の饒舌、快活な女の子で、新聞部の部員。
その取材姿勢、執筆スタイルはえげつなく、いわゆるゴシッ
プメーカー、壊し屋として有名でした。

でも運悪く、ゆいちゃん自身がスキャンダルの当事者になっ

てしまいます。
たちの悪いヤクザがヤンキーを使ってやらかしていた女の子
狩りに巻き込まれ、集団強姦の被害に遭ってしまいました。

警察に保護された直後に、なぜかいっきを病室に呼びつけた

いちゃん。いっきは、ゆいちゃんのマカへの恋慕を見抜
き、
自分の例をあげて心のリハビリに取り組むようアドバイ
スし
ました。

その後、いっきが仲人役をするような形でマカとゆいちゃん
が互いに告白しあい、晴れてカップルになったんですが。

めでたしめでたし……にはなりません。

ゆいちゃんの心には、まだ事件の傷が深々と刻まれています。
マカは、父親との衝突、母親の闘病、自分の進路の悩みと重
たい課題がてんこ盛り。

苦闘の時代が長いいっきやしゃらと違って、トラブルが起き
るまでは普通の高校生だったマカとゆいちゃんには、悲劇に
対する免疫がありません。
いっきは……そんな二人のことをすごく心配しているんです

よね。

 


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