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【SS】 彼女にとって普通ということ (佐倉 唯(ゆいちゃん)) (一) [SS]


普通って、なんだろう?
他の人より優れてても劣ってても普通じゃなくなる?
じゃあ、わたしはもう普通にはなれないの?

わたしは、ものすごく頭がいいわけでも、かわいいわけでも、
気が利くわけでも、みんなに好かれるわけでもない。
自分では、ごくごく普通の女子高生だと思ってた。

違うの? わたしはもう……普通じゃないの?

「!!」

汗びっしょりで跳ね起きる。

「はあっ! はあっ! はあっ!」

クリスマスだっていうのに、朝っぱらからこんな冷や汗なん
かかきたくない。

それに……すごく息が苦しい。
胸のどこかに栓がはまって、呼吸を邪魔されちゃったみたい
な耐えがたい感覚。

「ゆい。あんた、大丈夫?」

わたしを起こしに来たんだろう。
ママが、わたしの真っ青な顔を心配そうに覗き込んだ。

「ちょっと……きつかった……」

ゆっくり、ゆっくり、深呼吸を繰り返す。

そうよ。ここは、わたしの部屋。
両親の他には誰もいない。
わたしは……何も心配しなくていい。

落ち着いて。
落ち着いて。

「ふうううっ……」

ベッドの上で固く目をつぶって、何度か首を振る。

落ち着け。
大丈夫。

「起きる」

「……。リビングにいるから」

「うん。着替えたら、そっち行く」

ママが、不安げに何度か振り返りながらわたしの部屋を出
た。

ベッドから両足を下ろして、床の感触を確かめる。
まだ……折られた方の足が痛むことがある。
でも、それは実際の痛みじゃない。

わたしの心を壊して、無理やり外に出ようとする恐怖感情。
それが暴れる時の痛み。想像痛だ。

もう一度、両手で顔を覆ってゆっくり首を振る。

あの時に……わたしを看てくれた五条さんていう婦警さん。
今でもわたしを気にして、時々電話をくれる。
わたしがしんどい時に、親身に相談に乗ってくれる。

その度に、繰り返し言われること。

「いい? 普通の生活に戻れたと思っても、必ずひどいフ
ラッシュバックが出るの。それも一度だけじゃなく、何度も
何度もね」

あの時のことは二度と思い出したくない。
だけど……思い出したくないのに鮮明によみがえって、わた
しを絶望のど真ん中に引きずり出す。

それが性犯罪被害の怖いところなの……五条さんはそう言っ
た。

もし。
もし五条さんが、エラい先生とか、常識人を気取ったオトナ
とかだったら、わたしは言われたことに全力で反発しただろ
う。あんたなんか、何もこの苦しみや辛さを分かんないくせ
にって。

でも五条さんは、自分も性犯罪の被害に遭って、ショックで
死ぬことまで考えた人だった。
婦警さんになってからも、わたしと同じように傷つけられて
しまった女の子のケアで体を張ってる。

その五条さんの言葉にはすごく重みがあって……わたしには
逃げ場がないんだ。

「忘れようとすることは出来るけど、実際に忘れるのは一生
無理だと思う。それなら、被害を受けた時以上の幸福をいっ
ぱい重ねて、少しずつ薄めていくしかないの」

うん。そうだね、五条さん。

普通だったわたしは、普通ではなくなった。
そして……もう二度と普通に戻れることはないんだって。


           −=*=−


「ゆい」

「んー?」

リビングで遅すぎる朝ごはんを食べてたら。
ママにいきなりお小言を食らった。

「午後から天交くんが来るんでしょ?」

「そー」

「少しは、女の子らしくしなさいよ。いくら天交くんが優し
いって言っても、彼に全部気遣いさせるのはおかしいんだ
よ? ったく」

「うー」

「クリスマスだっていうのに、何するでもないでしょ? 手
作りのものをプレゼントしなさいとまでは言わないけどさ。
少しは気を回しなさい」

「へーい」

ママのツッコミがちょー痛い。
その通りなんだけどさ……。

でもね、ママ。
わたしは気が利かないから何もしないわけじゃない。
したくても……出来ないの。

タカトに何かプレゼントしようとするなら、わたしは外で買
い物をしないとならないから。

夜。
繁華街の本屋に、注文してあった本を受け取りに行って。
その帰りに被害に遭ってしまったわたし。
あれ以来、夜でなくても外出するのが怖くなってしまったの。

学校への行き帰りも、ずっとしおみぃとタカトがついててく
れるからなんとかこなせてるけど。
本当は外で一人になりたくないんだ。

学園祭の時に展示した、新聞部特別号の取材。
あれだって、警察に取材に行く時には五条さんに送り迎えし
てもらってる。自力では……動けなかったの。

分かってる。
このままずっと、誰かの介助が必要な生き方なんてしていけ
ないって。

でも……まだ無理。
体につけられた傷は癒せても、心の傷は……なかなか治らな
い。自分がそんな弱い人間だったってことを認めたくないけ
ど……やっぱり虚勢は張れない。

わたしは。
普通の……どこにでもいる普通の女の子なんだもの。

 


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風来鶏

「普通の女の子に戻りたい」と言って解散した3人組や、「普通のオバさんになりたい」と言って一度は引退した有名歌手がいましたが、普通って難しいですね(^^;;
by 風来鶏 (2016-12-23 19:24) 

水円 岳

>風来鶏さん

コメントありがとうございます。(^^)

どんな分野であれ、人に自分を曝す商売を一度してし
まうと、普通には戻れない気がします。
スマップも、大変やろなあ……。

by 水円 岳 (2016-12-24 01:16) 

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