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二年生編 第79話(4) [小説]

ジェニーはフルーツ葛桜に夢中だ。

「Wonderful!(すっごーい!)」

中村さんが説明を始める。

「和菓子ってのは、こうでなきゃならないって決まりはない
んだよ。確かにあんを使ったものが多いけど、それを使わな
きゃ出来ないってもんでもない」

そう言って、落雁を手にした。

「昔の日本には砂糖がなかった。甘いものは、すごい贅沢品
だったのさ。それを振舞うっていうのは、お客さんを精一杯
もてなす姿勢の現れなんだ」

「茶菓子っていう言葉があるだろ? お客さんにお茶を勧め
て、ついでに菓子をつまんでもらう。それで腹を膨らますこ
とが目的じゃない。疲れやいらいらを丸めて、心底くつろい
でもらいたいってことさ」

なるほど。

「だから、一つ一つが小さいだろ?」

そっかー。ホールのケーキみたいのは、和菓子にはないもん
なあ……。

「今は食べ物に不自由しないから、甘いものの意味も変わっ
ちまってる。それは世の流れだからしょうがないけどね。で
も、お菓子の持ってる意味をちょっと考えてくれると嬉しい」

中村さんは、そう言って一度口を結んだ。

僕らは日本の歴史やお茶との関係をジェニーに説明したけど、
それがうまく伝わったかどうかは……自信ない。

「さあ、それじゃ実習と行こうか」

僕らは白い割烹着を来せられて、作業場に案内された。

「作ったのは、それぞれで食べてもらう。れなちゃんに手本
を見せてもらうから、よく見ていてくれ」

ぎゅうひって言う白い餃子の皮みたいのに桜色のあんを包ん
で、きゅっと手で形作る。
竹べらの先に食紅を付けて、何かをちょこちょこ描いて、出
来上がり。

「あっ! ウサギだ!」

「ははは。おもしろいだろ? ウサギじゃなくて、他のもの
でもいい。こういう遊びも和菓子の楽しささ」

うーん。
粘土細工みたいだ。

長岡さんがやってるのを見ると簡単そうに見えるんだけど、
実際はそんなに簡単じゃない。
みんな、うんうん言いながら小さいお菓子と格闘する。

でも、不格好だけど自分のオリジナルのお菓子ができる。
うん、楽しいね。
長岡さんがはまったわけがよーく分かる。

ジェニーは一つじゃ物足りなかったのか、違う色のぎゅうひ
を組み合わせて何かを作っていた。

そして、試食たーいむ!

「あ! おいしーっ!」

興奮してるのは一色さん。
僕も、びっくりする。

「ねえ、中村さん。中のあん、普通の白あんと違いますね」

「そりゃそうさ。これも、まだ開発中のものだ」

「へえ……」

「夏は、どうしてもあんものの売り上げが下がる。あんを
使っていながら、暑い夏でも日持ちしてさっぱり食べられる
ものはできないかなあと考えててね」

「なるほどー。これは試作ですか?」

「そう。ちょっとこれを食べてみてくれ」

小さな小さなウサギの形のお菓子が配られた。

ぱくっ。あっ!

「こ、これ、梅の味だー。おいしー」

しゃらの頬が緩む。

「梅だけど、シロップ漬けとかとは違う感じ……」

一色さんが考え込む。

「あ、そか。梅酒の梅だ」

「ははは。さすがに鋭いね」

中村さんが、一色さんを見てうなずいた。

「アルコールも梅も殺菌作用があって、後口がさっぱりして
るから使いたい素材なんだよ。ただね……」

中村さんが、長岡さんに振る。

「はい。季節感を損なうんです。梅の実は初夏に出て来るも
のだから別に今でもいいと思うんですけど、やっぱり梅は
春っていうイメージがあるものですから」

「うーん……」

まっきーが腕組みして考え込んだ。

「なるほどなあ……。単にうまいってだけじゃだめなんだ」

「まあ、そういう売り方もあるさ。ただ、私はそうしたくな
い。自分が作るものは、粋なものにしたいなあと思ってるか
らね」

粋、かあ……。
それを英語で説明するのは無理だよなあ……。

最後に、ジェニーから中村さんへの質問を聞き出して、やり
取りする。

じゃあ、ジェニー。
最後に感想をどうぞ。

「Well, every sweet is very beautiful and tastes good!
Thank you for your kindness.(どのお菓子もとってもきれ
いでおいしかったです。ご親切にしてくださってありがとう
ございました)」

……と。一色さんが訳してくれた。
いっつもわたしがそう言ってるから、分かるって。わはは。

無事に体験が終了して、寿庵の前で解散。
そして、ジェニーは今日はしゃらんちでお泊まりだ。

歩き出した僕の腕を掴まえて、しゃらが突っ込んで来た。

「ねえ、いっき。なんで一色さんに声掛けたの?」

「うん? 去年の学祭の時に同じ調理班だったんだけど、一
色さんが食べるものにすっごいこだわってたからさ。きっと
将来そっちの方に進むんだろうなあと思って。それに、寿庵
のお菓子にすっごい興味持ってたからね」

「それにしたって……」

「一色さんがカレシ持ちなのは知ってるだろ? 気を回し過
ぎだよ」

しゃらの膨れっ面は収まらない。
やれやれ……。

「あのさ、しゃら。僕は今、進路でどっぷり悩んでる。授業
でテーマの時間が来るのが憂鬱なんだ。でも、僕だけじゃな
いよね。今日まっしーが来たのもそうだったし」

「……」

「アタマで考えて分かんないことは、少しでも経験してみる
しかない。そのチャンスを独り占めしたくないだけだよ」

「……。博愛主義なんだね」

かちんと来る。

「なんだよ、その言い方!」

実生が慌てる。
ジェニーが怯える。

いけね。

ちょっとしたしゃらの皮肉が、何万倍にも膨れ上がって聞こ
えちゃう。

不安とか、焦りとか。
それを感じてるのは僕だけじゃないって分かっていても。
それは僕をねじ曲げる。
僕がそうなりたくないっていう形にねじ曲げる。

僕はみんなに背を向けて、大きく口を開ける。
あの、ツンベルギアのように。
そして、みんなには聞こえないように、心の中で叫ぶ。

バカヤローっ!




tb.jpg
今日の花:ツンベルギア・エレクタThunbergia erecta

 


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コメント 4

yakko

お早うございます。
和菓子の奥深いお話、とても勉強になりました。(^。^)
by yakko (2012-10-20 08:02) 

mimimomo

こんばんは^^
和菓子にお抹茶大好きです。
昔和菓子を自分で《家でね》作ってました。
確かに不恰好でしたが(^^ゞ
by mimimomo (2012-10-20 21:06) 

水丸 岳

>yakkoさん

コメントありがとうございます。(^^)

いろんな解釈があろうかと思います。ですが、ここで
は中村さんの心構えを示すものとして受け取っていた
だければ。(^^)


by 水丸 岳 (2012-10-20 21:43) 

水丸 岳

>mimimomoさん

コメントありがとうございます。(^^)

あんこものは、西洋の方は結構苦手にされますね。
日本人ならではなのかなあと思います。
抹茶もそうですし。(^m^)

手作りの和菓子、いいですねー。
ふかしたおまんじゅうなども、もとはお茶うけ。
ほっこり食べながら、秋景色をゆったり見回した
いものです。(^^)

by 水丸 岳 (2012-10-20 21:45) 

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